「行く秋」は過ぎ去ろうとする秋のこと。秋は人々に惜しまれながら、一歩一歩旅人のように去っていく。
掲句は、過ぎ去っていく秋を惜しみながらせせらぎに耳を澄ませている情景だろう。「水のなかより水の声」との精妙な表現に、水のみならず万象の澄みわたる秋の深まりを覚える。『俳句』2025年2月号。
「行く秋」は過ぎ去ろうとする秋のこと。秋は人々に惜しまれながら、一歩一歩旅人のように去っていく。
掲句は、過ぎ去っていく秋を惜しみながらせせらぎに耳を澄ませている情景だろう。「水のなかより水の声」との精妙な表現に、水のみならず万象の澄みわたる秋の深まりを覚える。『俳句』2025年2月号。
「寒昴」「すばる」は真冬の夜空を飾る星座として、オリオンと並び称される牡牛座の中に位置するプレアデス星団の和名。南の天頂に鮮やかに光る6、7個の星のかたまり。
掲句は地球上の地殻の変動を数十億年の長い時間軸の中で詠んだ作品。「山巓(さんてん)」は山のいただきのことで、南アルプスの峰々の連なりなどを想起させる。それらの峰々もかつては海の底だったという。上五中七の措辞からは、隆起と浸食を繰り返してきたダイナミックな地殻変動が目に見えるようだ。『俳句』2025年2月号。
一月は一年のはじめの月。寒さがもっとも厳しい時季である。年が改まって各地で行われる華やかな行事も多い。
掲句は一月の頭上を飛ぶ長元坊に、新年を迎えた作者の決意を覗かせた作。長元坊はハヤブサ目ハヤブサ科の猛禽。繁殖期である夏に観察される個体もあるが、主に冬鳥として日本各地に渡来する。年改まって間もないきりりと澄んだ青空を悠然と飛翔する長元坊。それを仰ぐ作者の晴れやかな詩心と俳句に向ける志が感じ取れる。〈一月の川一月の谷の中 龍太〉の作が作者の胸中にはあっただろう。『俳句』2025年2月号。
冬籠(ふゆごもり)は、雪国などで冬の間戸外へ出ず家に籠って暮らすことをいう。雪国でなくても、寒風の吹き荒ぶ冬は、外出を必要最小限にとどめ、なるべく家の中で過ごす。定職に就いている人は、リモートでもない限り、そうも言っていられないのだが・・・。
掲句は、俳人としての自らの営みを酒などの醸造に譬えての作品。「醸(かも)す」というのは麹 (こうじ) を発酵させて、酒、醤油などをつくること。句作や詩作も、言葉を醸す営みに他ならない。ありふれた日常の言葉にいかにして魂を宿すか、というのは俳人であれば日夜心掛けていることだろう。作者の胸中にある、この詩型に賭ける志が窺える作品だ。『俳句』2025年2月号。
寒中は短く淡い束の間の夕焼が、木立や建物の向こうの空を染める。刻々暮れて影を深めてゆく山や町の佇まいと夕焼のコントラストが美しい。
掲句はやや高みから寒夕焼を眺めての作品。作者が知り尽くしている故郷の大字(おおあざ)や小字(こあざ)の集落が眼下に点在し、その先の空は燃え立つような寒夕焼。古くからの村や集落の名残をとどめているそれらの大字、小字は、そこに住み着いて生活してきた人々の来し方を思い起こさせる。眼前に目に見える家々や集落、林などを描き出す替わりに、大字、小字と表現したことにより、一望にするその地のもつ歳月の厚みが浮かび上がってくる。『俳句四季』2025年2月号。