フランス紀行Ⅱ(14)

ロワン川の川べりの町モレ・シュル・ロワンを訪れたのは旅の終盤。フォンテーヌブローの森の端に位置し、中世の面影を色濃く残す村である。印象派の画家アルフレッド・シスレーが晩年の約20年間を過ごした。

レンタカーを降りると、シスレーの胸像が迎えてくれた。次の写真のモニュメントの上部にシスレーのブロンズ像が見える。

村の入り口に残るサモワ門。中世に作られた防衛用の城門だ。かつては、強固な城壁が村を囲んでいたという。メインストリートの反対側には、同様にブルゴーニュ門が聳え立っていた。

木組みの家々が並ぶメインストリートを歩いてブルゴーニュ門を抜けると、そこにはロワン川の風景が広がっていた。次の写真の中央に映っているのは、ロワン川の石橋(Pont sur le Loing)。シスレーが何枚も風景画に残したスポットである。シスレーは、橋から見える水車小屋や家並み、川面に映る光の反射を、あらゆる角度から描いた。

シスレーは、生前、作品が思うように売れず、この村で貧困のうちに亡くなった。印象派の画家たちの中で、モネは徐々に抽象的な表現へ向かい、ルノワールは古典的な人物画へ回帰していったが、シスレーだけは生涯戸外の光と自然を描くという当初の印象派の理念を守り続けた。シスレーの絵に対する世評が高くなったのは、その死後のことである。

ロワン川の石橋から撮った一枚。左手には中世に建てられた水車小屋、右上の奥にはノートルダム教会の尖塔が覗いている。シスレーはこの教会をテーマにした連作も残しているという。

モレ・シュル・ロワンを訪れた後、私たちは近隣のグレ・シュル・ロワンに足を延ばした。同じロワン川沿いに佇む、フォンテーヌブローの森に隣接した中世からの村である。次の写真は、19世紀末に多くの芸術家や文学者が集まったホテル・シュヴィヨン。日本の洋画家黒田清輝も一時滞在していたという。黒田は、1888年に日本人画家として初めてこの村を訪れ、その自然に魅了されてこのアパルトメントに住んだ。黒田は、明るい陽光をキャンバスに捉える外光派の技術をこの村の自然の中で磨き上げ、この地で初期の傑作『読書』などが生まれた。

近くを流れるロワン川の川沿いでは、地元の人々がピクニックをしたり、半裸のまま静かに日光浴をしたりしていた。川浴びをしている女性の姿もあった。


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