パリ近郊に滞在中の6月下旬、シャンティイ(Chantilly)を訪れた。パリの北約40〜50キロメートルにある、美しい城やホイップクリーム発祥の地として知られる町である。
シャンティイ城の手前の濠は、ノネット川から引かれている水。ノネット川はオワーズ川の支流で、ヴェルサイユ宮殿の庭園も手がけた造園家アンドレ・ル・ノートルによって人工的に整流・運河化された。城は、自らの美を誇示するかのように、その端正な姿を水に映していた。

城の内部のコンデ美術館は、ルーブル美術館に次ぐフランス国内第2位の古典絵画コレクション。このコレクションを収集したのは国王ルイ・フィリップの息子オマール公アンリ・ドルレアン。フランス革命で破壊されたこの城をルネサンス様式で再建・復元したのもこのオマール公である。オマール公は自身の莫大な美術コレクションを城ごとフランス学士院に遺贈したという。19世紀のことである。因みに、コンデ公(Prince de Condé)は、16世紀から19世紀にかけてフランスで栄えた、王室の血を引く名門貴族(親王家)の当主が名乗った称号。1830年にコンデ公家が断絶したとき、シャンティイ城を含め、その全財産を相続したのがコンデ公の甥にあたるオマール公だった。
次の写真は城内の「戦いの間」。白い壁と金の縁取りが特徴的な18世紀ロココ調の空間。コンデ公の戦争での勝利を描いた絵画が並んでいる。「戦いの間」を含め城の建物そのものが、そのままコンデ美術館になっている。

城内の王子の寝室。16世紀から残るエリアで、フランス革命の破壊を免れたため、かつての城主たちの私室がそのまま残っている。コンデ公家の栄華を伝える部屋の一つ。

城内の大居室とダイニングテーブル。天井の木彫り装飾、壁のタペストリー、テーブル上の金色の燭台などが目を引く。

シャンティイ城の大厩舎(グランデ・エキュリ)は、18世紀にブルボン公ルイ・アンリのために建てられた、宮殿のように豪華で壮大な厩舎である。元々は競走馬や猟犬、馬車などを収容するために建てられたという。当時、貴族にとって狩猟は最高の娯楽であり、ステータス。収容されていたのは、広大なシャンティイの森で狩りを行うための馬や猟犬である。現在、シャンティイはフランス最大の競走馬の町。ここで第1回の競馬の公式レースが開催されたのは1834年に遡るという。
次の写真は、駐車場付近から競馬場越しに撮った大厩舎。当日は競馬は行われておらず、青々とした芝生が広がっていた。

建築家ジャン・オベールが設計したこの建物は、 現在は馬の博物館になっており、馬に関する資料やオブジェが展示されていた。

大厩舎には、今でも馬が飼育されており、馬術ショーや調教のデモンストレーションを楽しむこともできるという。
