フランス紀行Ⅱ(5)

ルーアンを訪れたのは7月の初め。ノルマンディ地方の中心都市であり、中世の面影を色濃く残す古都である。ルーアンもパリと同様セーヌ川に育まれた都市。主にセーヌ川の水運を活かしたワイン、小麦などの輸出と、羊毛(ウール)の輸入など、交易によって大いに栄えた歴史を持つ。

ルーアンといえば、ノートルダム大聖堂。ゴシック建築の傑作であり、モネが連作のモチーフとしたことで知られる。モネは、この大聖堂を素材に、時間や季節の移り変わりによる光の変化を追い求めて30点の絵を描いた。1892年から1894年にかけて、大聖堂の真向かいにある建物の2階にアトリエを構えていたという。

中央にそびえる鋳鉄製の尖塔は高さ151メートルあり、教会塔としてはフランスで最も高い建造物。私が撮影したときは、正午近い太陽が、尖塔の真上にかかっていた。前庭に佇んでいる私たちの頭上から、鐘塔の鐘が降り注いだ。

正面(ファサード)は、フランボワイヤン様式の複雑で繊細な石の彫刻。太陽が動くにつれ、石面が複雑な陰影を作り出し、光の色が変化する。モネはこの石面に差し込む光の移り変わりを絵の具で捉えようとした。

ルーアン美術館に、モネの連作の一枚が展示されていた(下の写真)。霧のかかったファサードを青みを帯びた色彩と厚塗りのタッチで表現している。

同じノルマンディ地方のエトルタの断崖も、モネが光や気象の変化を捉えるために幾度も通って描いた景勝地。ここの風景に魅了されたモネは、同じ断崖を、条件の違う光の中で繰り返し描いた。私たちが訪れたとき、満潮に近い潮位で、波が断崖に打ち寄せて飛沫を上げていた。私たちが、北大西洋(イギリス海峡)の荒々しいエネルギーを目の当たりにしたのはこの時である。次の写真は、エトルタにある象の鼻と呼ばれるアヴァルの断崖。長い間の浸食によって作られた断崖絶壁である。

オンフルールは、モネの師ウジェーヌ・ブーダンの出生地。16歳年上のブーダンは、この地を訪れた若いモネに、外へ出て、自然を直接見ながら描くことを教えたという。サント・カトリーヌ教会からほど近いところに、ブーダンの絵を中心に展示する小さな美術館があった。下の写真は、旧港(ヴィユー・バッサン)の船溜まり。印象他の画家たちを魅了した木組みの建物が水に映り込んでいる。

ル・アーブルはノルマンディー地方のセーヌ川河口に位置する港湾都市。モネが少年期から青年期を過した町でもある。モネがこの町で画家のブーダンに出会ったことが、外光派の画家モネの第一歩だった。モネの代表作〈印象・日の出〉は、ル・アーブルの港を描いたもの。ル・アーブルは、第二次世界大戦のノルマンディー上陸作戦の際、激しい爆撃によって街の8割が破壊される悲劇に見舞われ、昔日の面影の多くは失われてしまったというが、霧に包まれた当時の工業港の日の出の瞬間をカンバスに定着させた〈印象・日の出〉の雰囲気を、今でもとどめているように思えた。

旅の前半で私たちが辿ったセーヌ川の下流域は、モネ達印象派の画家が好んで題材にした地であり、印象派の揺籃(ようらん)の地ともいえるエリアだった。


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