ヴェルサイユ宮殿を訪れたのは、フランスに来て5日目。太陽王ルイ14世が1661年に建設を命じ、それまでのパリの宮廷(ルーヴル宮殿、テュイルリー宮殿)を1682年にこの地へ移転させたという。バロック建築の最高峰とされる。
下の写真は、造園家ル・ノートルが手がけた幾何学式庭園。刺繍のような幾何学模様や、正確な円、四角、三角形が配置されていて、そこに一種の心地よさが感じられるが、他方では自然のままの趣を残した庭園が恋しくもある。彼方に望まれるのは、全長1.6キロの十字型をした大運河。かつてルイ14世は、ベネチア風ゴンドラを浮かべて舟遊びを楽しんだというが、この日は、週末の家族連れや恋人たちの貸しボートが浮かんでいた。

次の写真は、庭園内にあるアポロンの噴水。太陽神アポロンが4頭の馬車で水面から湧き上がる金色の彫刻には、ルイ14世の統治によってフランスが世界を照らし、昇りつめていく様を表現しているとされる。

次の写真は宮殿内にある王室礼拝堂。白い大理石の柱と金箔を使用した装飾が目に鮮やか。上部には、ルイ14世の時代に製作されたパイプオルガンが見える。ルイ16世とマリー・アントワネットの結婚式もこの場所で行われたという。

宮殿内の鏡の間。全長73メートルの窓と反対側の壁面には357枚の鏡が設置されている。最も人気のあるエリアで、予想通り混雑していた。アジア系の人たちも多く見かけた。

宮殿前に立つルイ14世の騎馬像。もともとはパリから約20キロ離れた田舎町の狩猟小屋だったこの宮殿を今の形にしたのはこの国王だ。約50年の歳月と巨万の富を投じたという。

ルイ14世の統治期は70年余に及び、フランス絶対王政の最盛期。王はみずからを宇宙の中心である太陽になぞらえ、太陽王(Le Roi Soleil)と呼ばせた。一方で、この全盛期の裏では、豪華な宮殿の建設や度重なる戦争による財政破綻など、後のフランス革命へとつながる崩壊の種も撒かれていた。功罪相半ばするルイ14世だが、彼が莫大な国費を投じて作ったこの宮殿が、今ではフランス内外でトップクラスの人気を誇る観光地となり、世界中から毎年多くの観光客を集めてフランスに富をもたらし続けているのは皮肉な眺めではある。
宮殿の豪華さに、フランスの歴史を垣間見る思いがした一日だった。