石鹸水をストローの先につけ、息を吹き込んで泡を膨らませる遊び。日差しを受けて七色に輝きながら中空を漂い、やがて儚く消えてしまう様は、春らしいのどかな光景である。「風船」「ぶらんこ」「風車」などとともに、本格的な春の到来を感じさせる遊びである。江戸時代には、ムクロジの実を煎じた液などが使われていた。

石鹸水をストローの先につけ、息を吹き込んで泡を膨らませる遊び。日差しを受けて七色に輝きながら中空を漂い、やがて儚く消えてしまう様は、春らしいのどかな光景である。「風船」「ぶらんこ」「風車」などとともに、本格的な春の到来を感じさせる遊びである。江戸時代には、ムクロジの実を煎じた液などが使われていた。

「探梅(たんばい)」は立春前のまだ寒さの厳しい時期に、春の兆しを求めて山野へ早咲きの梅を探しに行くこと。満開の梅を楽しむ「観梅(かんばい)」とは異なり、一輪、二輪の梅を探す趣がある。
掲句は「探梅」の最中に、身の内に飢えを感じたとの句意。「飢ゑ」は、空腹を感じることのほか、切望するものが満たされない精神的な飢えをも意味する。作者が感じているかすかな「飢ゑ」は、日中山野を歩き回ることによる空腹とも取れるが、作者の内面にある表現者としての「飢ゑ」でもあるだろう。詩の表現への「渇き」と言ってもいいように思う。「探梅」の句としては異色の作品。『俳句』2026年4月号。
満開の桜が、夜や夕闇の中にほのかに白く浮かび上がる情景を指す言葉。雪明かりのように桜が夜の闇に浮かび上がる様は幻想的だ。「花」の傍題。

郁李(にわうめ)は、中国原産のバラ科サクラ属の落葉低木。古い時代に中国から観賞用としてもたらされた。庭によく植えられ、花が梅に似ていることからこの名がある。「庭梅」とも表記する。4月頃、葉より早く淡紅色や白の五弁花を多数咲かせる。

濃尾平野に人しるき薄暑かな 直人
「薄暑(はくしょ)」は、立夏を過ぎてほのかに暑さを感じる爽やかな気候のこと。歩くと少し汗ばむ程度で、新緑が美しく風が心地よい時期である。大正時代以降に使われるようになった、比較的新しい季語。明るく前向きな夏の始まりを表す。
掲句は、やや高みから濃尾平野を見わたしての旅吟。「しるき」は漢字表記では「著き」で、様子や特徴がはっきりとわかり、際立っていること。大景の中で動く人影が、初夏の光の中でくっきりと浮かび上がったのだ。濃尾平野という木曽三川(木曽川、長良川、揖斐川)の土砂堆積で形成された広大な平野の景観を、天守閣などからほしいままにしている作者の姿が彷彿する。「薄暑」には、表現者としての作者の前向きな思いが映し出されているだろう。昭和49年作。『日の鳥』所収。