雪蟲の戀腥したなごころ 髙橋睦郎

「雪虫」は雪解けの始まる早春の頃、雪の上に姿を現す黒い小さな虫。幼虫時には渓流に棲み、春先に羽化する。カワゲラ、ユスリカ、トビムシの類。初雪の頃現れる「綿虫」を「雪虫」と称することがあるがまったく別のもの。歳時記には「綿虫」(冬季)の傍題としても掲載されており、紛らわしい。

掲句の「雪蟲」はさてどちらだろう。私は、初冬の頃見かけるあのふわふわと浮かぶ綿虫を想像した。いずれにしても、作者は、あるかなきかの小虫を掌に載せて、その恋のことを思っている。春先の猫を思い浮かべるまでもなく、人間界を含めて、恋はどことなく腥(なまぐさ)いものだ。その腥さが、掌上の小さな虫にまで及んでいると見たところに、この句の面白さがあるだろう。「たなごころ」との仮名書きに、「雪蟲」を見守る作者のやさしい眼差しが表れている。『俳句四季』2025年9月号。


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