馬の瞳も零下に碧む峠口 龍太
昭和32年作。作者の自句自解によると、この句は、甲州芦川村の人々が、馬に炭を背負わせて甲府まで峠を下っていく情景だという。厳冬期の山村の一場面だ。
だが、この句には季語とおぼしきものがない。作者はこの辺りの事情について、自句自解で、「この句の「零下」という言葉は歳時記にはない。しかし、冬の季感はあるだろうと考えて使った。」と記す。実作者としての季語に対する柔軟な考え方が窺える記述である。
改めて調べてみると、「零下」はどの歳時記にも季語としては掲載されていない。一方、「零下」と同様の意味の「氷点下」を冬の季語としているものはある。また、「真冬日」は気象用語としては一日の最高気温が零下の日のことだが、これは「冬深し」の傍題として出ている。
以上のことから、「零下」には冬の季感があるものの、「零下」を詠み込んでも無季の句に分類されることになる。
「零下」「氷点下」などは正確に意味が伝わる科学用語としては優れているが、言葉の喚起するイメージの厚みに乏しいことから、季語として定着するには力不足というところだろう。頭掲の龍太の句も、龍太作品としては格別秀抜な句とはいえない。今後「零下」を用いたすぐれた作品が生まれれば話は別になるのだが・・・。