初夏の木々がつけるみずみずしい新葉を「若葉」「新緑」などという。このうち和語の「若葉」が江戸初期から使われてきたのに対し、漢語の「新緑」が用いられるようになったのは明治の末頃からで、比較的新しい季語。初期の用例としては、
新緑やたましひぬれて魚あさる 水巴
がある。「新緑」は我々の日常用語としても定着している。「新緑」はその頃のさわやかな気候ともあいまって、目にしたものの気持ちを清々しくしてくれる。 「緑」一語を新緑の意に用いた最初の作例は不明だが、
緑さす細田掻きをり一騎塚 波郷 子の皿に 塩ふる音もみどりの夜 龍太
など、昭和30年代頃から散見されるようだ。掲句は、それぞれ昭和31年作、44年の作。波郷にはその後も〈緑さし厠へ車椅子荘重に〉などの作がある。龍太の句は句集『忘音』所収。昼の光の中で溌溂とした色合いを呈していた木々の若葉も夜になると闇に沈み、家族と食卓を囲んでいる作者にはそのやわらかな闇が瑞々しく感じられたのだと思う。「みどり」との仮名書きにより初夏の夜闇の感触が伝わってくる。作者は自句自解の中で、「外界の新緑を意識の中におさめて、目の前の真白な皿に目を落とした句だ。」と記している。
手元の歳時記には、「緑」は、「緑さす」とともに「新緑」の傍題として掲載されているが、無季扱いにしている歳時記もあるようだ。