昔から「秋の日は釣瓶落し」と言われてきた。秋の落日を井戸に落ちていく釣瓶に喩えたものだ。この喩えから、「釣瓶落し」だけでも秋の季題として充分通じるだろうと考え、季題として提唱したのは山本健吉である。
釣瓶落しといへど光芒しづかなり 水原秋櫻子
この句を得て、「釣瓶落し」は秋の季語として定着したといわれる。したがって、比較的新しい季語だ。
掲句は、一読、秋の落日の細く澄んだ光が見えてくるとともに、忽ち暮れてゆく気忙しさの中で、落日に眼を注いでいる束の間の静かさが感じられる佳句だ。特に「といへど」との緩やかな屈折が、落日の光芒の静謐さを現出させて巧みだ。その静謐さは、秋の落日のみならず読む者の心をも包み込む。
手元の歳時記には、掲句を含め、〈淡路文楽一幕釣瓶落しかな 羽公〉など19句が掲載されているが、どの句も秋櫻子の頭掲句には及ばないようだ。