「夏惜しむ」は去りゆく夏の名残を惜しむこと。「夏の果」の傍題。立秋を過ぎる頃、避暑地や旅先などで夏を惜しみ、また、日常生活のふとした瞬間に夏の終わりを実感する。
断捨離という言葉があるが、日々身の回りに置いているモノを捨て去るのは簡単でない。この夏もそれらのモノを捨てられないまま、季節の終りを迎えようとしている。作者の日常感覚の中に「夏惜しむ」という季語を活かしている一句。『俳句』2024年8月号。
「夏惜しむ」は去りゆく夏の名残を惜しむこと。「夏の果」の傍題。立秋を過ぎる頃、避暑地や旅先などで夏を惜しみ、また、日常生活のふとした瞬間に夏の終わりを実感する。
断捨離という言葉があるが、日々身の回りに置いているモノを捨て去るのは簡単でない。この夏もそれらのモノを捨てられないまま、季節の終りを迎えようとしている。作者の日常感覚の中に「夏惜しむ」という季語を活かしている一句。『俳句』2024年8月号。
夏の土用(7月20日~8月7日頃)に食する蜆のこと。「蜆(しじみ)」は味の点からいうと冬から春が旬で、単に「蜆」といえば春の季語だが、暑さで食欲の落ちる夏の土用の頃にも珍重される。江戸時代から、「土用蜆は腹薬」と言われてきたという。

タデ科イヌタデ属の蔓性一年草。日本全国に分布し、林縁・河原・道端・休耕田などの日当たりがよくやや湿り気のある土地によく生育する。茎や葉柄に鋭い刺がある。晩夏から秋にかけて薄緑色の花が短穂状に咲き、花後につく5ミリほどの果実は熟して鮮やかな藍色となる。漢字表記としては、石見川・石実皮・石膠の字が当てられることがあるが、いずれが本来の表記なのか不明。なお、歳時記には掲載されていない。

「白玉」は白玉粉を水で捏ねて団子状にし、茹でて冷水や冷蔵庫で冷やし、茹で小豆などの甘味を添えて食べる。見た目も涼し気な夏の和菓子。
掲句は齢を重ねることの面白みを感じさせる作品だ。聞こえていても聞こえていないふりをする、というのは齢を重ねて身についた一種の技巧。そこに老獪さがない訳ではないが、作者はそれを良しとする。「白玉」を食べる幸福感に、自らの老いを肯う思いが交錯する。『俳句四季』2024年8月号。
北アメリカ原産のキク科一年草又は多年草。明治時代に園芸植物として渡来し、花壇などに植えられるほか、道端や河川敷などで野生化しているものもある。晩夏の頃、分岐した茎の頭上に黄色の舌状花(中心は赤褐色)を咲かせる。別名「孔雀草」「蛇の目草」。なお、「波斯」はペルシャのことだが、ペルシャとの関わりは不明。
