竜天に登り昨日はもう遥か 村上喜代子

中国最古の字典『説文解字』では、竜は、春分に天に登り、秋分に淵に潜むといわれる。「竜天に登る」はもとより空想の産物だが、生き物たちの活動が活発になり、大気に陽気がみなぎる気分を感じさせる春の季語。

掲句は「竜天に登る」という実体のない季語を上手く活かして、春の日のゆったりとした時間の流れを感じさせる作品。「日永(ひなが)」「遅日(ちじつ)」という季語があるように、春は昼間の時間が永く、中々暮れようとしない。一日経っただけなのに、昨日の出来事が遥か遠くのことのように感じられるのはそのためだ。生活者の実感を空想的な季語に結び付けて、季語に新たな命を吹き込んだ一句。『俳壇』2024年7月号


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