前田普羅『普羅句集』を読む

 前田普羅(ふら)は、明治十七年東京に生まれ、横浜裁判所等勤務を経て、大正十二年関東大震災の被災を契機に報知新聞社員として富山に赴任、以降戦災に遭うまで二十余年を当地で過ごした。大正初期から「ホトトギス」で活躍し、「大正二年の俳句界に二人の新人を得たり、曰く普羅、曰く石鼎。」との虚子の言葉や蛇笏との親交はよく知られている。

茅枯れてみづがき山は蒼天に入る     普羅

に始まる「甲斐の山々」と題する五句は、甲州に蛇笏を訪ねた折(昭和十二年)の作と言われるが、山岳に対する憧憬、讃仰の心がストレートに出ていて、その込められた気魄や句柄の大きさの点で、

春星や女性浅間は夜も寝ねず          普羅

浅間燃え春天緑なるばかり            〃

乗鞍のかなた春星かぎりなし           〃

などとともに普羅の代表作と言っていい。

 『普羅句集』には、これらの代表作が作られる以前の大正初期から昭和五年までの作品が収められており、そのうち、富山移住前の作品は上巻に、移住以降の作品は下巻に収められている。

面体をつゝめど二月役者かな          普羅

 本句集の上巻には、掲出句のように作者の江戸っ子・粋人としての一面が窺える作品もあるが、次第に自然や山岳に対する親しみや憧憬が作品に色濃く表れてきている。

春尽きて山みな甲斐に走りけり        普羅

雪解川名山けづる響かな                 〃

我が思ふ孤峰顔出せ青を踏む            〃

                               (以上上巻より)

雪解や妙高戸隠競ひ立つ                 〃

明易や雲が渦まく駒ケ岳                 〃

牛岳の雲吐きやまぬ月夜かな            〃

                              (以上下巻より)

 本句集所収の山岳俳句を掲出したが、上巻の諸作には作者の主観が強くうち出されているのに対し、下巻の諸作ではそれが潜められており、同様の傾向は、本句集の他の作品についても見て取れる。

 第二句は、「名山けづる」との大仰な措辞を「かな」止めでどっしりと受け止め、それが句柄の高さ、重厚さをもたらしていて、第一句とともに、後の「甲斐の山々」等の作品の先駆けをなす作品といえる。

 第三句では、作者が憧憬する山の在り方が「孤峰」という言葉から窺える。この「孤峰」に対する憧憬は、

虫鳴くや我れと湯を飲む影法師    普羅

海老汲むと日々に歩きぬ枯野人           〃

などの作品に窺える作者の人間社会に対する消極的な姿勢とも繋がっているようだ。そしてそれは、潔癖で一種の狷介さも持ち合わせていた普羅その人の印象とも重なってくる。

 上巻には、「さし木すや八百万神みそなはす」などの大仰な表現の作品の外、「人殺ろす我かも知らず飛ぶ蛍」、「騒人の反吐も暮れ行く桜かな」など自己の内の愚かさ、醜さや世の中の汚辱に目を向けている作品がある。自然や山岳を憧憬する心と、それとは裏腹の醜悪なもの、卑小なものに対する目とが同居しているところに、普羅の特質が見て取れる(山本健吉『定本現代俳句』参照)。

 ただし、このような作品には作者の主観が露わに出過ぎて作品の味わいを損なっている憾みがあり、その後、この人間の卑小さや愚かさに対する詠嘆が、作品の中で深められることはなかった。

 上巻には以上のように強い主観や激しい情念を込めた作品があるが、次のような主観を抑制した佳品もある。

春更けて諸鳥啼くや雲の上            普羅

春雪の暫く降るや海の上                〃

絶壁のほろほろ落つる汐干かな         〃

羽抜鳥高き巌に上りけり                〃

しみじみと日を吸ふ柿の静かな          〃

山辺より灯しそめて冴ゆるかな          〃

寒雀身を細うして闘へり                 〃

 第四句の「羽抜鳥」には、高い志、情熱を持ちながら不器用で狷介だった普羅の人柄が投影されているようである。

 どの作品からも、温雅な句柄の中に観照の深さや写生の目の確かさが感じられる。このような作品の傾向は、下巻では一層顕著になっている。

梅雨の海静かに岩を濡らしけり        普羅

立山のかぶさる町や水を打つ           〃

ふところに紺の香高し秋袷               〃

二三人木の間はなるゝ月夜かな         〃

時雨忌の人居る窓のあかりかな         〃

寒鮒の汲みかへられて澄みにけり       〃

うしろより初雪ふれり夜の町            〃

 いずれの作も淡々とした詠み振りであり、解説を差し挟む余地がない程平明な作品である。そして、作者の境涯については何も触れていないが、これらの静謐な諸作のまとう寂寥感は、普羅の境涯の深いところから滲み出てきているようだ。

 また、第二句、第七句には移り住んだ地の風土が鮮明に出ている。特に、第七句の「うしろより」の措辞には、富山の風土とともに、作者の内面の翳りを感じ取ることができる。この句には、「初雪」のはなやぎに加えて、しみじみとした情感がある。

 これらは、前掲の詩心の昂揚した山岳俳句とは句柄を異にするが、越中の地における「静かに静かに、・・・降りかゝる大自然の力に身を打ち漬けて」(本句集序)の作句が、掲出のような平淡で透明感のある作品として結実したものだろう。

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