去来・凡兆編『猿蓑』を読む(3)

現代俳句においても、作例は少ないが、師弟、連衆間或いは古人との間の詩心の交響が表れている作がある。

夏雲群るるこの峡中に死ぬるかな    蛇笏

夏に入る白雲あふぎ師に近づく        蒼石

  第二句は、墓参の情景であろう。蛇笏の高弟であった作者には、そそり立っている盛夏の雲が、師の存在そのものに見えたのだ。

古茶の木ちるさかりとてあらざりき   蛇笏

古茶の木咲いてこの世を見てゐたり   龍太

 両句において、蛇笏、龍太が「古茶ノ木」から受け止めた印象には共通するものがあるだろう。いずれの作においても、その密やかな在りようが詠まれているのだが、蛇笏作が的確な写実によって対象の真に迫ろうとしているのに対し、龍太作は、蛇笏作を念頭に置きながら、大胆な擬人化によりその印象を定着しようとした。 

  また、

蜩といふ名の裏山をつねに持つ     流火草堂

ひぐらしを聴かである日は阿修羅かな 楸邨

は連衆の間の、また、

下々も下々下々の下国の涼しさよ     一茶

下下の下の鼻のしぐるる一里塚      楸邨

は古人の作品との間の詩心の交響を示す作例である。

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