廣瀬直人の俳句(1)

冬近む白雲の虚子樹の蛇笏            直人

 廣瀬直人の第三句集『朝の川』所収の一句である。この句では、「白雲の虚子」と「樹の蛇笏」が対比されており、作者の虚子観、蛇笏観が窺われて興味深い。このような二物の対比は、遠近の対比を含め俳句の基本的な骨法の一つである。二人の俳人を対比した作としては、他に、

たとふれば子規雛あられ虚子団子    兜太

霜夜とて胡桃楸邨栗波郷                 繁子

などの作が思い浮かぶ。このような作品においては、当然ながら、譬えにより、対象の本質を大掴みに捉えるとともに大胆な捨象が行われるので、言葉で表現した途端に、表現しきれずにそこから洩れてしまう部分が多いことを承知しておかなければならないが、掲出のどの句も、的確に子規、虚子、蛇笏などの本質やその特徴的な一面を捉え得ている。

 兜太の作は、子規、虚子それぞれの作品よりも、両者の人間、特に世の趨勢に対する身の処し方を思い浮かべると、その比喩や対比が、成程そういう見方もあるなと納得させられる作品である。

  一方、直人作は、それぞれの人となりよりも、もっぱら作品から受ける印象に焦点を絞った作である。「白雲の虚子」、「樹の蛇笏」との比喩は、両者の長い句歴にわたる諸作を念頭に置くとき、それぞれ的確な比喩と思わざるを得ない。それは、虚子、蛇笏の諸作に対する作者独自の見方を示したというよりも、両者の俳句に対して大方の誰もが漠然と抱いている印象に、比喩の形でくっきりとした輪郭を与えたものといえる。虚子は、主宰する「ホトトギス」門下の俳人に対しては客観写生を唱導しながら、自らは、

年をもつて巨人としたり歩み去る      虚子

など、そうした自らの指導理念に囚われない自在さ、大胆さで句を詠んだ。一方、蛇笏は、甲斐山中に定住、土着しながら、

芋の露連山影を正うす                蛇笏

のように、風土のもつ巌のような存在感を作品に定着させた。

 そして、この直人作の比喩に倣って言えば、龍太の作品、特に、円熟期の作品には、蛇笏と同様の定住、土着の生涯だったにも拘らず、「樹」よりも「白雲」の印象があり、一方、直人の作品には、一貫して、「樹」の印象があろう。

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