「こころ」を詠む(1)

  私たちは普段の会話や文章の中で、「心を痛める」、「心が冷たい」などと「心」という言葉を何気なく使っている。手元の辞書によれば、「人間の精神作用のもとになるもの」、「人間の精神の作用そのもの」、「知識・感情・意思の総体」などとあるが、そうした定義はともかく、人は、目にすることができず、形も定かでない心というものを胸の内にありありと感じることができ、自らの心に語りかけたり、励ましたり、折り合いを付けたりして生きている。

 飯田龍太の俳句の中にも、「こころ」を詠んだ作品がある。

こころいま世になきごとく涼みゐる(昭和60年)

星月夜こころ漂ふ藻のごとし(昭和61年)

元日のこころにはかにのごとし(平成2年)

夏夕べこころしばらく紺のまま(  〃  )

  これらの作はいずれも句集『遅速』に収められている。このほか、いわゆる『遅速』拾遺の中に、

手鞠唄こころ浮世の宙にあり(昭和63年)

の作もある。

  「写生は、感じたものを見たものにする表現の一方法」(『自選自解飯田龍太句集』)との龍太における写生の方法からすれば、掲出の諸作のように、五感では捉え難いが定かに感じられる「こころ」というものを見えるように表現(可視化)することも、やはり写生であることに変わりはない。

  円熟期の龍太が、このように繰り返し「こころ」を詠み、さらには、その多くを厳選をもって知られる句集『遅速』に収めたのは何故か。

 いずれにしても、この時期の龍太には、自らの「こころ」の感触や、

闇よりも山大いなる晩夏かな(昭和60年)

千里より一里が遠き春の闇(昭和63年)

の作にみられる「闇」の世界、さらには「朧夜」など、五感では捉え難いが定かに感じられる密やかな対象を表現しようとする志向があったことは確かだろう。

 なお、初期作品に、「宮城道雄氏演奏会四句」との前書きが付された

露の夜の真澄みに男ごころかな(昭和27年)

の作があるが、この句は、宮城道雄氏の演奏から受けた感銘を、「男ごころ」と表現したのであって、前掲の諸作のように自らの「こころ」の感触を表現したものではない。

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