「草青む」は、春になって草が青々と地上に萌え出てくること。夜が明けたばかりの野に出ると、露をふくんだカラスノエンドウやハコベなどの草々の緑が目に沁みるようだ。
掲句は長野のとある牧場で、ケージに入っている生後間もない仔牛を見たときの作品。飼葉桶には干草が入っていたが、仔牛に近づくと乳(ち)の匂いが鼻を突いた。母牛の母乳か人工乳の匂いだったのだろう。周りには、折から萌え出た草の緑が目に鮮やかだった。平成28年作。
「草青む」は、春になって草が青々と地上に萌え出てくること。夜が明けたばかりの野に出ると、露をふくんだカラスノエンドウやハコベなどの草々の緑が目に沁みるようだ。
掲句は長野のとある牧場で、ケージに入っている生後間もない仔牛を見たときの作品。飼葉桶には干草が入っていたが、仔牛に近づくと乳(ち)の匂いが鼻を突いた。母牛の母乳か人工乳の匂いだったのだろう。周りには、折から萌え出た草の緑が目に鮮やかだった。平成28年作。
春分と秋分とをそれぞれ中日として、その前後3日間ずつ、計7日間をいい、この期間に行う仏事を「彼岸会」という。「彼岸」は、凡俗の生死流転の世界(此岸)から悟りの境地(彼岸)に到るの意。春と秋の年2回巡ってくるが、俳句で単に「彼岸」といえば春の彼岸をいい、秋は「秋彼岸」という。この頃になると、「暑さ寒さも彼岸まで」と言われるように寒さも収まってくる。寺院や墓所に参り、法会を行う。

牡丹(ぼたん)は中国原産のボタン科の落葉低木で、奈良時代に渡来。寒さに強く、冬の間から地中で活動を始め、早春に芽が膨らむ。朱色の太い芽が炎のように動き出すさまは、春の到来を教えてくれるものの一つ。

「花冷え」は、桜が咲く頃、思いがけなく薄ら寒い日が戻って来ること。
掲句は泥絵具を指で溶くときの感覚を、花冷えの季感の中で浮かび上がらせた作品。泥絵具は、山から採掘した土を精製して不純物を取り除いた後に板状に干したもので、日本画に用いる。板状の泥絵具を溶くには、よくすりつぶしてから、膠液を加えて指でよく練るという。絵に関しては門外漢でそうした経験のない私にも、泥絵具が指についたときの感覚や胸中に広がる微かな華やぎがまざまざと感じられるのは、「花冷」という季語の的確さによるもの。『俳句四季』2024年4月号。
冬の間枯れたように見えていた草が萌え出して、再び青々とよみがえってくること。主として多年草に見られる光景。「駒返(こまがえ)る」は年老いたものが若返ること。
