ほととぎす宿借るころの藤の花 芭蕉 元禄元年旧暦4月11日、奈良を出て大和八木に宿を取ろうとしたときの作。陽暦でいえば5月中旬で、暦の上では既に夏だった。夏季のホトトギスが主題で、宿の周辺の夕闇の中で見た藤の花と取り合わせたが、ホトトギスと藤の花とで焦点が分裂した印象は否めない。芭蕉は実際にホトトギスを耳にしていたのだろう。
草臥れて宿借るころや藤の花 芭蕉 『笈の小文』ではこのように推敲された。実際に大和八木に泊まったのは初夏だが、ホトトギスを作中から消し去り、春の句(藤は春季)として成案とした。作句に当たっては、時には事実そのままではなく虚構も必要なことを示している例だ。一日の旅に疲れて旅籠を求める時分の旅人の心情が、暮色の中でおぼつかなく咲く藤の花に託されている。旅愁と春愁が綯交ぜになった気分がただよう。