そのこゑのその下駄の音月夜かな 廣瀬町子

単に月、月夜といえば秋の月をさす。秋は空が澄み、月が大きく明るく照りわたることによる。ひと口に月といっても、初秋、仲秋、晩秋の月にはそれぞれの趣がある。

掲句は大気が澄んでくる仲秋の頃の月夜を思いたい。「その」は 空間的心理的に作者に近い人や物をさす言葉。声や下駄の音の主についての具体的描写はないが、「その」のリフレインには、かつて作者の身近にいた故人に対する追慕の思いが滲み出る。敢えて表現しないことにより、却って句に真情がこもることがあることを証する作品といえる。『俳句』2023年11月号。


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