芭蕉の推敲(15)

五月雨や年々降るも五百たび 芭蕉                              『おくのほそ道』の旅中、元禄2年旧暦5月13日に平泉中尊寺に詣でての作。「五百たび」は光堂(金色堂)建立以来のおおよその年数。奥州五百年の歴史に思いを馳せての作であることは分かるが、句意がやや曖昧なのが難点。曾良の『随行日記』によればこの日は好天だった。芭蕉が五月雨を降らせたのは、実景ではなく詩の虚構だ。                  

五月雨の降り残してや光堂 芭蕉                      改案により見違えるほど佳くなった。藤原三代のミイラを納めた光堂は、当時から四面を覆堂で囲い、甍を覆って風雨を凌いでいた。芭蕉は作品から覆堂を消し去り、雨を降らせて、雨と光堂の関係を直接的なものとした。五月雨の暗鬱さと煌びやかな光堂が対照をなしている。「降り残してや」の「や」が、その場に身を置いた芭蕉の感動の大きさを物語る。堂建立以来500年の歴史に対する感慨が沈潜し底流している。改案の時期は不明だが、作句における実景と虚構ということを改めて考えさせる推敲だ。                              

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