山寺や石にしみつく蟬の声 芭蕉 元禄2年5月27日芭蕉一行が立石寺を訪れたときの作。立石寺は俗に山寺ともいわれる天台宗の名刹で、慈覚大師入寂の地。陽暦では7月中旬の盛夏に当たり、耳を聾するばかりに蟬が鳴いていた。曾良の書留に記されていたのが、この句形。即吟としてはひととおりの作だ。『初蟬』には 寂しさや岩にしみ込む蟬の声 芭蕉 の形で載っている。初案からの推敲課程を示すものだろう。
閑かさや岩にしみ入る蟬の声 芭蕉 『おくのほそ道』に収められている句形。『猿蓑』に撰ばれていないから、この句形になったのは『猿蓑』撰以降だったと思われる。蟬の鳴き声のために、一山の閑かさが却って意識されるという閑寂の境地が詠まれている。初案から「閑かさや」の句形に至るまで、芭蕉の推敲は『寒山詩』や大籍、杜甫、王安石などの詩句の境地との交響・反芻の中で行われ(尾形仂)、これらの漢詩の詩情を踏まえた作といえる。しかし、「しみ入る」と推敲するに及んで、誰の真似でもない芭蕉独自の把握・表現に至った。主客一如の澄心の世界といっていいだろう。音韻の面でも、「シミイる」(i音の連続)が静寂感を醸している(今栄蔵)との指摘がある。