秋は大気が澄みわたる季節であり、水も、水底の石の一つ一つがはっきり見えるほど澄んでくる。川や湖沼をはじめ、水溜まりや汲み置きの水など、身辺で目に触れる水が悉く澄んでくる。暑さを嘆いている間も、季節はゆっくりと推移していく。自然の大きな摂理を感じさせる季語だ。

秋は大気が澄みわたる季節であり、水も、水底の石の一つ一つがはっきり見えるほど澄んでくる。川や湖沼をはじめ、水溜まりや汲み置きの水など、身辺で目に触れる水が悉く澄んでくる。暑さを嘆いている間も、季節はゆっくりと推移していく。自然の大きな摂理を感じさせる季語だ。

メキシコ原産のキク科の一年草。日本へは江戸時代末期に渡来。庭や公園などのほか、路傍、川原、休耕田などに群れて咲く。秋に、細い茎の先に白、淡紅、深紅などの頭花をつける。花序は、ヒマワリと同様、中央に筒状花、縁に大きな舌状花が並ぶ。本来一重咲きだが、丸まったものや、八重咲きなどの品種もある。別名の秋桜は、主に秋に咲き、花弁の形が桜に似ていることによる。

山野に咲く野路菊、野紺菊、嫁菜などのキクの花のこと。栽培菊に対して、日本在来の秋の野を彩る野生のキクを総称していう。日当たりのいい草原や林縁、海岸べり等に自生する。色もさまざまで、野路菊は白、油菊は黄、野紺菊は淡い紫など。

浴衣は通常寛いで着る夏の家庭着だが、浴衣掛けで盆踊りなどに出かける人も多い。旅先でも寛ぐときも大抵浴衣着だ。
掲句は「日本語教室ボランティア 四句」との前書きがあるアメリカ滞在中の作品。この夏初めて自ら身にまとった藍浴衣を指さして、日本語教室の生徒たちに「これが日本の青」と説明したという。確かに浴衣の藍色は、日本人の我々にとって、郷愁を誘われるような古来からの色合いであり、「日本の青」と言っていい。さり気ない場面の中に、外国人との交流の機微が捉えられている。『俳句』2023年9月号。
奥羽行脚を終えた芭蕉は、元禄2年9月に大垣から川舟で下り、曾良の伯父精秀法師の寺である大智院に泊まった。伊勢参宮に向かう途中だった。 憂きわれを寂しがらせよ秋の寺 芭蕉 寺に止宿したときの作である。「秋の寺」の「秋」の一字と響き合って、沁みとおるような寂しさが漂う一句だ。しかし、元禄4年には、落柿舎滞在中の『嵯峨日記』では、次の形に改案している。 憂き我をさびしがらせよ閑古鳥 芭蕉 芭蕉は、旧作に飽き足りないものを感じていたのだ。確かに下五が「秋の寺」では説明に堕して平板な作品に終わっている。「閑古鳥」への呼びかけとすることで、閑寂境を求める心境に厚みが生まれた。閑古鳥は郭公の異名。郭公には、閑古鳥、呼子鳥などの異名があるが、この句の場合は閑寂境にあって明るさの中に寂しさを感じさせる閑古鳥の呼称がいい。『嵯峨日記』では、この句が、 山里にこはまた誰を呼子鳥独り住まんと思ひしものを 西行 への共感から成った作である旨を記している。西行の寂しさをあるじとする心境に徹したいとの思いがあるだろう。西行の歌では、閑寂境の妨げになる存在として呼子鳥を登場させているのに対し、この句では、閑寂境に誘い込む存在としての閑古鳥が詠まれているところが面白い。芭蕉が、西行の境地をどのようにして我が物にしていったかが窺える改案だ。