「麦の秋」は、麦が黄熟し刈り入れ間際の頃をいう。関東近辺ではおおむね初夏だが、北海道など関東以北では、より遅い時季になるだろう。「麦の秋」といえば、背景に、黄金色の麦畑の風景を思い描きたくなる。
掲句の碑(いしぶみ)は句碑だろうか、それとも開拓碑、戦役碑の類だろうか。いずれにしても、先人が同時代の人の事跡を記念して建てた碑である。掲句は、麦秋の明るさの中で、忘れられたように立っている碑に刻まれている人の名がみな故人だという。石の方がわれわれ人間の生身よりずっとゆっくり朽ちていくことを、改めて思い知らされる厳然たる事実である。麦秋の明るさの中で、時間のもつ冷徹さを突き付けられる思いがする一句だ。『俳句』2023年8月号。