開けられぬ抽斗ひとつ梅雨深し 高室有子

季節の深まっていく気配を、夏深し、秋深し、冬深しなどという。多分に心理的な要素の加わった季語。「梅雨深し」は既存の季語として歳時記に載っていることは少ないが、梅雨の深まる気配をこの言葉に託することはある。

掲句は、鍵を紛失するなどして開けられなくなった身辺の抽斗(ひきだし)に梅雨の深まりを感じている。おそらくは作者の来し方の思い出が詰まった抽斗なのだろう。作者は、薄れていく記憶の中で、中に何が詰まっていたか気になっている。しかし、今、その抽斗を無理にでも開けて中を確かめたいと思っている訳でもなさそうだ。「梅雨深し」はそのような作者の思いに寄り添う言葉として選び出された。『俳壇』2023年7月号。


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