海市まで遺骨拾ひに赴かむ  加藤静夫

「海市(かいし)」は蜃気楼のこと。昔の人々は、蜃気楼現象を、蜃(大はまぐり)が気を吐いて楼閣を描くと考えたという。科学的には、気温の相違により、地上や海面上の大気の密度が一定ではないときに、光の異常な屈折が原因で、遠くの景色が見えたり、船が逆さまに見えたりするなど、物が実際とは異なって見える現象。

遺骨収集といえば、先の大戦で海外で戦没した多くの日本人の遺骨が帰らないままであり、関係者による遺骨収集が今なお行われている。掲句で、作者が拾いに赴こうとする「遺骨」も、当時の戦没者の遺骨のように思えるが、そう限定して読む必要はないだろう。もしかしたら、作者自身の遺骨を、自ら拾いに赴こうとしているのかも知れない。「海市」という季語のもつ幻想性は、読者の自由な読みを許容しているのだ。『文芸春秋』2023年4月号。


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