立夏が近づくと、桜、山吹、藤など、春咲く花々の大方は散り尽くし、山中は葉を広げる木々に遮られて日ごとに暗くなってくる。その一方で、青空のもとでの日差しの眩しさは、確実に季節が夏に向かっていくことを感じさせる。街を歩く人々の服装も、季節を先取りするかのように軽装になり、街中をからりと乾いた風が吹き抜ける。

立夏が近づくと、桜、山吹、藤など、春咲く花々の大方は散り尽くし、山中は葉を広げる木々に遮られて日ごとに暗くなってくる。その一方で、青空のもとでの日差しの眩しさは、確実に季節が夏に向かっていくことを感じさせる。街を歩く人々の服装も、季節を先取りするかのように軽装になり、街中をからりと乾いた風が吹き抜ける。

春になって寒気が緩んでくると、夜、見上げる星も潤んで柔らかな光を帯びてくる。地上の我々も星も、同じような夜気の湿りの中にいるような錯覚に囚われる。
掲句は、3月中旬に秩父に小旅行したときの作品。山女(やまめ)と雨子(アマゴ)は、体の横の鮮やかな朱点の有無で区別するそうだが、その夜味わったのは雨子骨酒だった。暮れるにつれて、川を隔てた山の端に星が一つ、また一つと殖えていった。令和5年作。
豌豆(えんどう)はマメ科の一年草又は二年草。ヨーロッパ原産で、多くは蔓性。春、赤紫色又は白色の蝶形の花をつける。花の後できる若い莢は「絹莢」、豆は「グリーンピース」として食し、いずれも初夏の季語。豌豆の花は、春になるとどこにでも見掛けるありふれた花だが、赤紫も白も、郷愁を誘うような人懐かしさがある。
下の写真は、近所の菜園で撮ったもの。豌豆の白花も盛りを過ぎて、瑞々しい莢が次々とできている。絹莢として油炒めなどにすると、朝食の一品になりそうだ。

「入学試験」「受験」は仲春の季語になっているが、かつて自ら受験を経験し、二人の子の受験を見守ってきた生活者としての実感からいえば、大学入試共通テストが行われる1月中旬の最も寒さの厳しい時期に受験シーズンに突入する感じだ。その後も受験シーズンは続き、徐々に春めいてくるのだけれど・・・
掲句は、通勤途中目にした受験生の姿が契機になってできた作品。寒さの厳しい駅のホームで、厚手のマフラーをぐるぐると首に巻き付け、手袋をしっかり嵌めた、一目でそれと分かる受験生の姿が印象的だった。一人一人の受験生の背後には、彼らを見守り、応援しているであろう肉親を始めとする多くの人たちがいることを想像した。掲句から、まだ少年少女の面影の残る受験生の姿を思い浮かべていただければ幸いだ。平成19年作。『春霙』所収。
芝はイネ科の多年草。野山に自生するが、「若芝」「芝青む」などという場合は、公園や広々した敷地が思われる。冬の間一面枯色をしていた芝生は、春になると若芽が出て、うっすらと青んでくる。そして、夏になると、緑の絨毯を敷き詰めたような「青芝」となる。

