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俳句の庭

  • 春園

    3月 29th, 2023

    公園や庭園は年を通して四季折々の風情を楽しめるが、生き生きと木々が芽吹き、色とりどりの花を咲かせ、芝が青み、梢に鳥たちの囀りが聞かれるようになる春は、ことに心惹かれる場所だ。そこは、常日頃の忙しない日常とは別の時間が流れているようだ。職場が近くにある人が、束の間の昼休みを憩いに来る。絵画教室の生徒らしい人たちが、木陰などに思い思いに画架を立てている。ベンチで一人弁当を広げている人もいる。子供たちは夢中になって遊具に集まっている。木の周りには、自転車や乳母車が乗り捨ててある。冬の寒さから解放されて、誰にも拘束されることなく、思い思いに過ごせるのが、「春園」の魅力だ。

  • 夜桜

    3月 28th, 2023

    俳句で「夜桜」といえば、夜の桜のことであり、また、夜桜見物を意味することもある。昼の桜も美しいが、夜、闇の中に仄かに浮かび出ている桜やライトアップされてくっきりと妖しい美しさを浮かび上がらせている桜は、人々を惹きつけて止まない。歳時記では「夜桜」が、通常、植物の部ではなく、生活の部に分類されているのも、夜の桜の周りには、その美しさを堪能しようとする人々の影が見え隠れしているからだろう。いつもなら誰もが寝入っている夜更けになって、夜の桜の周りに佇んでいる人を見掛けるのも、この季節ならではのことである。

  • 摘草の顔を起こせば武甲山聳つ

    3月 27th, 2023

    「摘草」は、春、野に出て蓬、芹、土筆、蒲公英などを摘むこと。「野遊」「踏青」などと並んで、春の季語になっている。食材として、蓬や土筆を摘む機会は、一般的には減ってしまったが、屋外で春の解放感を満喫することができる。取り立てて目的もなく、地面に萌え出たばかりの蓬を摘んで、やわらかな風の中で指についた匂いを嗅ぐ。佳き季節の到来を実感する一瞬だ。

    かつて気ままに「摘草」をした時のことを思い浮かべながら、掲句を最初にノートに書き留めたときは、別の山の名だった。ある時ふと思い付いて「武甲山」(ぶこう)に書き替えた。「武甲山」は埼玉県秩父地方の山で、秩父盆地の南側に聳つ。身近にあるこの山に対する愛着が、この句の根っこにあるのかも知れない。「郭公」の井上主宰には、「その地に暮らす人の意志的な思いが籠められているだろう。」と鑑賞していただいた。令和3年作。

  • 連翹(れんぎょう)

    3月 26th, 2023

    春咲く花には黄色の花が多い。立春を過ぎると三椏、山茱萸が先駆けて咲き、続いて黄梅、連翹れんぎょう、山吹など。その中でも花の盛りの連翹の鮮やかさは格別だ。川沿いの桜を眺めつつ歩いているときなど、連翹が目に入ると、旧友に会ったときのように、ほっとした気分になる。桜で冷え冷えとした目と心が和む。夕暮どきにいつまでも暮れ残っているのもこの花だ。連翹を眺めていると、なぜか父母が存命だった頃のことが思い出される。

    下の写真は庭に咲いた連翹を撮ったもの。小雨が降り続く日だったので、やや沈んだ色合いに撮れた。

  • 踏み入りし土の弾力雲雀東風

    3月 26th, 2023

    今年も、町を出はずれると、雲雀の声が聞かれる季節になった。雲雀には、広々とした大きな空がよく似合う。と言っても、近年は、郊外を散歩していても、雲雀を見かけることは大分少なくなった。人間の活動が郊外の土地の隅々にまで及んで、雲雀の生息する余地が減ってしまったのだ。残念なことである。

    掲句は、長野の野辺山高原での作品。標高1400メートル。雲雀の声に誘われて道路脇の牧場に踏み入ると、足の裏に応えてくる土の弾力に、春の到来を感じた。冬の間雪に覆われていた地面も顔を出して、たっぷりと日差しを浴びている。そろそろ農作業が始まる時季だ。廣瀬直人主宰が『白露』誌上で褒めてくれたことが今でも忘れられない。平成8年作。『河岸段丘』所収。

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