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俳句の庭

  • 天にふぶける寂庵の紅しだれ 黒田杏子

    4月 10th, 2023

    「紅枝垂れ(べにしだれ)」はエドヒガンの変種で、濃い紅色の花を大きな樹から滝が流れ落ちるように咲かせる。

    掲句の「寂庵(じゃくあん)」は、2021年11月に逝去した瀬戸内寂聴が生前京都嵯峨野に開いたお寺であり自宅も兼ねた曼荼羅山寂庵のこと。かつて寂聴に親近した作者の追慕の思いが「天にふぶける」の措辞から感じられてくる。「天」は単なる空ではない。それは亡き寂聴の魂が棲む天上界である。今しも「紅しだれ」が吹雪いて、寂聴の魂を包み込むかのように、しきりに花びらを散らしているのだ。『俳壇』2023年4月号より。

    なお、黒田杏子氏は、2023年3月13日に逝去された。

  • 山茱萸より三椏の黄の小声なる

    4月 10th, 2023

    「山茱萸」(さんしゅゆ)も「三椏」(みつまた)も、早春に咲く黄色い花。同時季にはまんさくが、少し遅れて連翹、黄梅、山吹などが、黄色い花を咲かせる。そういえば、仲春の頃野や畑に一面に咲く蒲公英も菜の花も黄色だ。だが、同じ黄色い花といっても、その色合いには微妙な違いがある。陰気な黄色、陽気な黄色、内気な黄色、外交的な黄色など、印象はさまざまだ。

    掲句は、これらの花から受ける印象の違いを表現できないかと思い、一応の形になったもの。「小声」に、春浅い頃の季節感が表れていれば幸いだ。平成18年作。『春霙』所収。

  • 巣箱

    4月 10th, 2023

    「巣箱」は、小動物や野鳥を繁殖させるために作られた人工の箱。小鳥のために木の幹に掛けられているのを、公園などでよく見掛ける。春先などに、樹齢何年とも知れない老木に真新しい巣箱が掛けてあるのは、初々しい眺めだ。一方、春が過ぎようとする頃になっても営巣に使われずに空のまま放置されている巣箱には、一抹の寂しさがあろう。

  • 青空の渚こぎゆく花見舟   長谷川櫂

    4月 9th, 2023

    「花見」は、桜の花を愛でながら、春の訪れを寿ぐ古くからの日本のならわし。独りで花を眺めることもあるが、多くの人が飲食をともにしながら花見を楽しむことも多い。夜の花見は「夜桜(見物)」といい、季語として別に立てられている。

    掲句は、桜どきに晴れわたった空を仰いでの幻想の作品。春がたけなわになると、青空といっても、空には絶えず薄雲がかかり、濃淡をなしている。作者は雲が白砂のように吹き溜まっているところを、「空の渚」といった。渚に沿って作者を乗せた「花見舟」がすすんでゆく。作者が薫陶を受けた故大岡信をはじめ、今は天上に棲む亡き人の誰彼にも、舟の上では相見(まみ)えることができるのだろう。『俳壇』4月号より。

  • 春寒

    4月 9th, 2023

    「春寒」は、早春の頃の寒さのことで、初春の季語になっている。「余寒」「冴え返る」もほぼ同意の季語。仲春以降に感じる寒さは、「彼岸寒」「花冷え」「木の芽寒」「苗代寒」「八十八夜寒」などと、時季や場面に応じて表現する。東京近辺でも、桜が散った後、思わぬ寒さが訪れることがある。仲春・晩春に訪れる寒さを、他に適切な季語がない場合、「春寒」と表現してもいいような気がするが、いかがであろうか。

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