「夏盛ん」は「盛夏」「真夏」などとも言い、太平洋高気圧が勢力を増して梅雨前線が北に去り、梅雨が明けた頃の本格的な夏を迎えた喜びを感じさせる言葉。
掲句は少年から青年へと成長していく男の子を、真夏の明るさの中に描く。自然界の生き物たちは、成長にともない脱皮したり殻を脱いだりする。人は脱皮したり殻を脱いだりすることはないが、少年や少女たちも、生き物の命の営みの盛んな夏を通して、かつての自分の殻を脱いで一歩ずつ大人になっていく。『俳句界』2024年7月号。
「夏盛ん」は「盛夏」「真夏」などとも言い、太平洋高気圧が勢力を増して梅雨前線が北に去り、梅雨が明けた頃の本格的な夏を迎えた喜びを感じさせる言葉。
掲句は少年から青年へと成長していく男の子を、真夏の明るさの中に描く。自然界の生き物たちは、成長にともない脱皮したり殻を脱いだりする。人は脱皮したり殻を脱いだりすることはないが、少年や少女たちも、生き物の命の営みの盛んな夏を通して、かつての自分の殻を脱いで一歩ずつ大人になっていく。『俳句界』2024年7月号。
「終戦日」は終戦記念日のことで、8月15日。昭和20年のこの日、日本はポツダム宣言を受諾し、無条件降伏して、第二次世界大戦が終了した。戦争で多くの犠牲者を出したことを反省し、平和への思いを新たにする日である。
掲句は立秋を過ぎても夏の延長のような暑さの中、巡ってくる終戦日を詠んだ作品。この句の梅干は父が遺したもので、年数を経たため黒ずんで塩を噴いているが、炊き込むと、梅干の酸味と塩気がご飯に行きわたり、今でも夏バテ防止に重宝している。この梅干を炊き込んだご飯をとおして、父のこと、父が出征した戦争のことを改めて思い返した。令和5年作。
「鍬形虫(くわがたむし)」は甲虫類クワガタムシ科の昆虫。幼虫は朽ち木を食べて成長し、成虫は夜間ナラ、クヌギなどの樹液に集まる。子供に人気のある甲虫の一つ。
掲句は、かつてクワガタムシの採集に熱中した長男のことを回想しての作。夜間行動性のクワガタムシを捕まえるには、夜樹液に集まってきたムシたちが朝散り散りになる前に捕える必要があった。夏休み期間中だったと思うが、息子は、夜が明けるのを待ちかねたように毎朝根気よく樹液の出る樹を見に行っていた。令和5年作。
「入梅」「梅雨の入り」は、暦の上では陽暦の立春から127日目の6月11日頃にあたる。生活実感としては、雨がち曇りがちの日が続き、気象庁の判定が出て梅雨に入ったことを知ることになる。
掲句は梅雨に入る頃のモノや心に纏わりつく微かな「翳り」を表現しようとした作品。「影」は光によってできた物の形、「陰」「蔭」「翳」は、物に遮られて、日光や風雨の当たらない所と辞書に解説があるが、梅雨という季節のもつどんよりとした隠微な印象を「翳」で表せるのではと考えた。写生によらない作として、多少は冒険したつもりである。令和5年作。
「花菖蒲」はアヤメ科の多年草。観賞用に水辺や田圃などに栽培され、多くの品種がある。大振りの艶麗な花から楚々とした小振りの花まで、趣もさまざまだ。
掲句は東村山の北山公園内にある菖蒲苑での一句。木道を歩きながら、紺や紫紺、白、茶色、斑入りなど目移りしそうなほど数多くの花菖蒲を見て回った。咲くまでにまだ数日かかりそうな固く尖った蕾、花弁がほぐれて咲きかかっている蕾、盛りを過ぎて傷んでいる花などを見ているうちに、咲くというのは、花にとって、身の力を抜くことではないかとふと思った。令和5年作。