「白露(はくろ)」は二十四節気の一つで、太陽暦では9月8日頃。この頃になると秋の気配が濃くなり、露けくなってくる。
掲句は夜が明けたばかりの空を仰いで、翔けている鳥の影に目を凝らしての作。夏の暑さからようやく解放されようとする頃の朝の空は清々しい。思わず深呼吸したくなるような空を高々と飛ぶのは、塒の木を発った鷺だろうか、鴉だろうか。「もの」と対象を明示しないことで、余情のふくらみが得られていれば幸いだ。令和6年作。
「白露(はくろ)」は二十四節気の一つで、太陽暦では9月8日頃。この頃になると秋の気配が濃くなり、露けくなってくる。
掲句は夜が明けたばかりの空を仰いで、翔けている鳥の影に目を凝らしての作。夏の暑さからようやく解放されようとする頃の朝の空は清々しい。思わず深呼吸したくなるような空を高々と飛ぶのは、塒の木を発った鷺だろうか、鴉だろうか。「もの」と対象を明示しないことで、余情のふくらみが得られていれば幸いだ。令和6年作。
鶏頭はヒユ科の一年草。夏から秋にかけて直立した茎の上部に鶏冠状の肉厚の花をつける。妖艶な存在感がある。
掲句は鶏頭の人臭さを詠んだ作品。鶏頭は秋が深まるにつれて膨張し、妖しさが増してくる。その妖しさには、どこか人の面影がある。畑の隅に日々立ち続ける鶏頭も、人と同じようにものを思っているのかも知れない。平成17年作。『春霙』所収。
「尉鶲」はスズメ目ヒタキ科の鳥。晩秋にシベリアから渡来して日本で越冬する。低地から山地の山林や農耕地、市街地の公園や庭等広範囲の環境で生息する。翼に白い紋があり、頭を上下しながら尾を振って鳴く。人懐っこく、人家の庭先にも姿を見せる。「鶲」の傍題。
掲句は、朝晩「尉鶲」を見かける頃の透き通るような空の澄みようを句にしたもの。秋が深まる頃、再び「尉鶲」の親しみ深い鳴き声が聞かれるようになった。夜通し風が吹いた明け方は、近くよりも遠景の方がくっきりと目に映じる。遥か彼方まで「尉鶲」の声を遮るものは何もない。平成14年作。『河岸段丘』所収。
晩秋の頃に降ってはすぐに止む雨のこと。華やかな紅葉を散らしてしまう雨なのでどこか侘しい。近づいてくる冬の気配を感じさせる。
掲句は通りすがりの花屋の光景。花屋の店先には、仕入れの箱詰めの花卉(かき)がつぎつぎ届く。晩秋の頃だったので、菊、吾亦紅、竜胆などが箱から取り出されて、店先に並べられていく。空箱がどんどん増えて積み上がる。秋時雨の一抹の侘しさと晩秋の頃の花卉の華やぎには、どこか照応するものがある。平成18年作。『春霙』所収。
「酢橘(すだち)」はミカン科ユズ類の常緑低木で、秋に黄熟する実は酸味が強いが、独特の風味を持つ。徳島の特産品。
掲句は所用で愛媛の松山に一泊したときの作品。所用の合い間に子規記念博物館で正岡子規の直筆原稿や書簡などを見、ホテルの近くの料理屋で独り鍋物を食べた。鍋物に青々とした酢橘が添えられてあった。俳句に関わる人間にとって、子規の出身地である松山は特別な地だ。平成15年作。『河岸段丘』所収。