立春から数えて二百十日(新暦では9月1、2日頃)、二百二十日、二百三十日は、丁度、早稲(わせ)や中稲(なかて)、晩稲(おくて)の開花時期に当たったことから、古来風雨の吹きやすい日として農家から恐れられた。颱風の襲来時期にも当たり、実際に風雨が募ることも多い。
掲句は9月1日の休暇明けに日比谷公園を散策しての一句。久しぶりに見る公園内の雲形池は青みどろがどろどろと覆って見る影もなく、これまで経てきた暑さの厳しい夏の百日を思わせた。青みどろの間から真鯉が貌を覗かせていた。平成29年作。
立春から数えて二百十日(新暦では9月1、2日頃)、二百二十日、二百三十日は、丁度、早稲(わせ)や中稲(なかて)、晩稲(おくて)の開花時期に当たったことから、古来風雨の吹きやすい日として農家から恐れられた。颱風の襲来時期にも当たり、実際に風雨が募ることも多い。
掲句は9月1日の休暇明けに日比谷公園を散策しての一句。久しぶりに見る公園内の雲形池は青みどろがどろどろと覆って見る影もなく、これまで経てきた暑さの厳しい夏の百日を思わせた。青みどろの間から真鯉が貌を覗かせていた。平成29年作。
「蛇笏忌」は10月3日。昭和37年のその日、山梨県の郷里で死去した(享年77歳)。
掲句は眼前の青々とした柚子の実から、蛇笏晩年の作品に感じられる老い難き詩情を想起しての作品。蛇笏は、〈荒潮におつる群星なまぐさし〉〈葉むらより逃げ去るばかり熟蜜柑〉など逝去の年まで句を作り続け、若々しい詩情は衰えを知らなかった。柚子が黄色に熟してくるのは晩秋の頃で、それまでは頑ななまでに青いままだ。平成26年作。
「颱風」「台風」は熱帯性低気圧のうち、最大風速が毎秒17メートルを超えるもの。もともとは英語のtyphoonの音に漢字を当てたものという。二百十日(9月1日前後)の頃に日本列島に襲来し、各地に水害など甚大な被害をもたらす。
掲句は颱風の夜、雨戸を締め切って、暗くなった室内を早々と灯したときの自らの心の動きを句にしたもの。大型の颱風が刻々と近づいてくるときの緊張感と、今回も大丈夫だろうとの変に高を括った落ち着きが心の中で同居していた。読むことも書くことも止めて、卓上の灯をしばらく眺めた。平成26年作。
立秋と相前後して8月6日及び9日の「原爆忌」が巡ってくる。まだ暑い最中であり、広島や長崎の追悼式では、周辺に盛んに鳴く蝉の声が、テレビの音声に交じって聞こえてくる。現在でも、原子爆弾に限らず、人類が作り出した非人間的なものは、この世に満ちている。
掲句は自転車の前照灯に照らし出された白蛾を目にしたことが契機になっている作品。明かりと見れば飛び込んでくる蛾が、灯に照らされて燃えんばかりの光を放った。その火の色の蛾のイメージは、多くの人たちの命を一瞬にして奪った原爆投下の閃光を連想させた。平成26年作。
葛(くず)は山野に生えるマメ科の蔓性多年草。最も繁茂するのは初秋の頃で、その頃葉腋からほぼ直立に花序を出し、紫紅色の蝶形の花を下から密につける。
掲句は葛が咲く頃のまだ衰えを知らない日差しを詠んだもの。その頃の日差しは、真夏の頃と同様、強さを失わないままゆっくり傾き、容赦なく人の顔やうなじを照りつける。暮れるまで青々とした空には、雨を降らせる気配はない。「日の衰へず」の措辞から、からっとした初秋の空の青さを感じてもらえれば幸いだ。平成22年作。