極月は師走の傍題で、陰暦の12月の異称だが、陽暦の12月にも使われる。新年の準備やクリスマス・忘年会などを挟みつつ、過ぎようとしているこの一年をひとり振り返る月でもある。
掲句は年の暮が迫ってくるころ、吾野の山道を辿りながらの一句。杉などの暗い針葉樹を抜けると明るい落葉の道に出た。しんしんと音の絶えた山道では誰とも会わなかった。平成28年作。
極月は師走の傍題で、陰暦の12月の異称だが、陽暦の12月にも使われる。新年の準備やクリスマス・忘年会などを挟みつつ、過ぎようとしているこの一年をひとり振り返る月でもある。
掲句は年の暮が迫ってくるころ、吾野の山道を辿りながらの一句。杉などの暗い針葉樹を抜けると明るい落葉の道に出た。しんしんと音の絶えた山道では誰とも会わなかった。平成28年作。
冬型の気圧配置がもたらす北西の季節風は日本海側に雪を降らせた後、太平洋側には乾燥した冷たい風となって吹き下ろすので、冬季は晴天が続くことになる。
冬の早朝の散歩は暗い中を歩くので、星を見ることが愉しみの一つだ。初冬の頃はオリオン座が西に傾き始める位置にあり、その左にシリウスが青白い光を放つ。続いて双子座が中天にかかる。東の地平線には金星が上り、私が近くの疎水べりを歩くときは、この星を目印にする。木枯1号が夜中吹き荒れたときなどは、夥しい星が仰がれる。冬旱は冬の関東地方の風土そのもの。令和3年作。
葱の旬は冬で、俳句でも冬の季語になっている。関東近辺ではやはり深谷葱が主流で、味噌汁やなべ物に欠かせない。料理の主役になるような食材ではないが、名脇役として料理を引き立たせ、ときにはなくてはならない存在感をもつ。
掲句は大切りにして煮込んだ葱の甘みを詠んだもの。その甘みは、冬の間晴天が続き、寒暖差の激しい坂東(ばんどう)の風土のたまものと思えた。放射冷却で冷え込んだ夜、外に出ると降るような数の星が爛々と光っていた。平成27年作。
12月9日は明治の文豪夏目漱石の忌日。漱石が文名を得る前、子規を中心とする新派俳人の一人だったことは、余り知られていないかも知れない。大正5年没。
掲句は、何鉢かの冬薔薇のそれぞれが、固有の香りをもつことに気づいたことが契機になってできた作品。英国留学で個人主義を身につけ、長い作家活動の末に個人を超える生き方を見出した漱石のことが、ふと思い浮かんだ。平成22年作。
七五三は、11月15日に行う3歳・5歳の男児、3歳・7歳の女児のお祝い。神社の境内は千歳飴の袋を提げた子供たちと両親、祖父母たちで賑わう。
掲句は神田明神での光景がもとになった作品。着飾った3歳位の女児が、自分の着物の鈴がコロコロ鳴るのを喜んで駆けだすのを眺めていた。折から晴れわたった昼下がり。澄んだ鈴の音が辺りにひびいた。平成19年作。『春霙』所収。