12月9日は明治の文豪夏目漱石の忌日。漱石が文名を得る前、子規を中心とする新派俳人の一人だったことは、余り知られていないかも知れない。大正5年没。
掲句は、何鉢かの冬薔薇のそれぞれが、固有の香りをもつことに気づいたことが契機になってできた作品。英国留学で個人主義を身につけ、長い作家活動の末に個人を超える生き方を見出した漱石のことが、ふと思い浮かんだ。平成22年作。
12月9日は明治の文豪夏目漱石の忌日。漱石が文名を得る前、子規を中心とする新派俳人の一人だったことは、余り知られていないかも知れない。大正5年没。
掲句は、何鉢かの冬薔薇のそれぞれが、固有の香りをもつことに気づいたことが契機になってできた作品。英国留学で個人主義を身につけ、長い作家活動の末に個人を超える生き方を見出した漱石のことが、ふと思い浮かんだ。平成22年作。
七五三は、11月15日に行う3歳・5歳の男児、3歳・7歳の女児のお祝い。神社の境内は千歳飴の袋を提げた子供たちと両親、祖父母たちで賑わう。
掲句は神田明神での光景がもとになった作品。着飾った3歳位の女児が、自分の着物の鈴がコロコロ鳴るのを喜んで駆けだすのを眺めていた。折から晴れわたった昼下がり。澄んだ鈴の音が辺りにひびいた。平成19年作。『春霙』所収。
夏には青々としていた庭や公園の芝生は、冬になると枯れて一面狐色になる。日のあるときはあたたかそうな枯芝も、曇天や雨の日は寒々としてわびしい感じだ。
掲句は冬の公園風景を句にしたもの。冬晴れのある日、広々とした枯芝の上で、若者たちが馬跳びをしていた。部活動かサークル活動の一環らしかった。彼らが一列に並んで上体をかがめ跳び箱の形になると、最後尾の一人がそれを軽々と跳び越えていった。彼らの健康な肢体の無心の躍動を、私はしばらく佇んで眺めた。平成16年作。『春霙』所収。
凍豆腐(しみどうふ)は高野豆腐とも称し、寒冷地の特産物。豆腐を屋外で凍らせた後、それを天日に乾してつくる。
掲句は長野を旅行したときの作品。旅宿に一泊した朝、西の山々が寒気の中であかあかと日の出に映えていた。その辺り一帯は凍豆腐作りが盛んで、豆腐を藁で縛り、戸外に吊している光景を見かけた。平成9年作。『河岸段丘』所収。
「こんにやく玉」は「蒟蒻掘る」(冬季)の傍題。コンニャクは傾斜の多い山間地で多く栽培される。初冬、畑の乾いた状態の時収穫する。掘り出した蒟蒻芋は蒟蒻玉ともいわれ、コンニャクの原料となる。
掲句は初冬の頃、秩父の農産物直売所で見かけた蒟蒻玉に興趣を感じてできた一句。それは、たった今掘り出したばかりのように泥だらけで、ごつごつとした代物だった。近隣の人たちの中には、蒟蒻玉を買ったり、自ら栽培したりして自家製のコンニャクを作る人もいるのだ。本格的な冬が間近に迫り、武甲山の岩肌が眼前にそそり立っていた。平成28年作。