大年の鳥影鷹となりて過ぐ 龍太
「雲母」平成4年月号。句集『遅速』以降の作品。
「大年」は大晦日のこと。元日を翌日にひかえた一年最後の日。掲句は「鳥影鷹となりて過ぐ」の措辞から、遠方から翔けてくる鳥影を鷹と判別するまでの、空に目を向けている時間の経過と、作者の胸の内の年を惜しむ思いが感じられる作品。この一年を振り返りながら、大晦日に空を仰いでいる作者の姿が見えてくる。
年の暮に際しての作者の心の在りようが伝わってくる佳句である。
大年の鳥影鷹となりて過ぐ 龍太
「雲母」平成4年月号。句集『遅速』以降の作品。
「大年」は大晦日のこと。元日を翌日にひかえた一年最後の日。掲句は「鳥影鷹となりて過ぐ」の措辞から、遠方から翔けてくる鳥影を鷹と判別するまでの、空に目を向けている時間の経過と、作者の胸の内の年を惜しむ思いが感じられる作品。この一年を振り返りながら、大晦日に空を仰いでいる作者の姿が見えてくる。
年の暮に際しての作者の心の在りようが伝わってくる佳句である。
冬の海鉄塊狂ひなく沈む 龍太
「俳句研究」平成4年1月号。句集『遅速』以降の作品。
「冬の海」は、寒風が吹き荒び、荒波が押し寄せて荒涼としている。太平洋側では、比較的凪いで陽光の眩しい日もあるが、沖合はうねりが大きく荒々しいことが多い。
掲句は暗くうねる「冬の海」に「鉄塊」が狂いなく沈んでゆくところを詠んだ。「鉄塊」は文字どおり鉄のかたまりだが、この句では、それが何であるかを問う必要はないだろう。不用になった金床や機械のようなものであっても、屑鉄のかたまりなどであっても構わない。それは兎も角、重量感のある「鉄塊」がクレーンに吊るされて、暗くうねる冬の海にゆっくりと真っ直ぐに沈んでいく。それはわずかな狂いもなく正確に所定の場所に沈められていくのだ。そして、沈められた鉄塊は、もう海面上に現れることはない。その非情さが「冬の海」の暗澹としたイメージを際立たせる。龍太の句としては異色の一句だ。
寿貞尼は目細きひとか草の花 龍太
「雲母」平成4年1月号。句集『遅速』以後の作。
「草の花」は秋に咲く草々の花のこと。他の季節の花よりもしみじみとした地味な印象がある。
掲句は寿貞尼(じゅていに)の人となりを思い浮かべての作品。寿貞尼は芭蕉が愛した唯一の女性といわれる。 芭蕉と同じ伊賀の出身で、江戸に出た芭蕉を追って彼女も江戸に出てきた。元禄7年7月、故郷伊賀に滞在中の芭蕉は江戸で寿貞尼が死去したことを知る。その時の作〈数ならぬ身となおもひそ玉祭〉には芭蕉の真情があふれている。写真も肖像画も残っていないのだから、作者の想像による外はないのだが、「目細きひとか」の措辞には寿貞尼その人を彷彿させるリアリティがある。芭蕉その人を詠んだものではないが、円熟期の龍太の芭蕉への傾倒を示す作品だ。
なまよみの甲斐の山辺に水草生ふ 龍太
「雲母」平成3年4月号(句集未収録)。
「水草生ふ(みくさおう)」は、春になって池や沼などに色々な水草が生えてくること。日差しで暖められて水温が上がってくると藻や浮き草、水底に根のある蓮などが成長を始める。春の訪れを感じさせる光景。
掲句は龍太が愛して止まなかった故郷甲斐の春の訪れを詠んだ作品。この旧国名を用いた句は、 水澄みて四方に関ある甲斐の国 龍太 など中期以降の作品にしばしばみられる。掲句の「なまよみの」は、「甲斐」にかかる枕詞で万葉集以来用いられてきた古語。語義は未詳だが、一説によれば「半黄泉」の意で、甲斐の山隠る地勢を死者への国と認識しての言葉だという。「なまよみの甲斐の山辺に」と一息に読み下すと、分厚い歴史を負う「甲斐」の風土とその山辺に住む作者の身辺が浮かび上がる。「水澄みて」の句のような甲斐一国を俯瞰する眼差しではないが、身辺への春の訪れを詠んで捨てがたい作品だ。
「なまよみの」のような余り使われない古語を今日に蘇らせるのも、俳人としての力量の一つだろう。
角切られたる満身に月夜かな 龍太
「雲母」平成3年1月号。
「鹿の角切」は奈良の春日大社の神鹿の角を切る行事。寛文12年に鹿の角による事故を防止するため、奈良奉行の命によって始まった行事であるという。単に「角切」「角伐」ともいう。
掲句は奈良旅吟。角を切られた鹿の全身が月光に浮かび上がっているのだ。鹿を柵に追い込んだり、勢子が追いかけて捕らえたり、神官が鋸で挽いたりする激しい動きは昼間のこと。今は静かに澄んだ月光が鹿や伽藍を包んでいる。「鹿」と敢えて表現しないところに表現の妙を感じる。
句集には収められていない。かつて晩秋の奈良で目にしたことを回想しての作だろう。