春の雪違約ひとつが棘のごと 龍太
「雲母」平成元年6月号。
「春の雪」は春になって降る雪のことで、かなり温暖になってから思いがけず降ることが多い。雪片は大きいが、積もることなく消えてゆく。掲句は、春の雪が降るその明るさの中で、ある人との約束を違えたことを、指などに刺さった棘のごとくに感じているとの句意。「違約」の一語が、読後いつまでも気にかかる。どんな約束を違えたのか。だが、作者からはその説明はない。気にかかること自体、作者の詩の術中にはまった証拠だ。いずれにしても、「春の雪」が、作者の気がかりをふんわりと明るく包むところがいい。
このような型にはまらない作品が句集に収められていないのは、当時の龍太の美意識の網目から漏れたということだろう。