春の夕暮れに、水蒸気で山野がぼんやりと霞む様をいう。春特有の柔らかく、どこか夢幻的でしっとりとした情景が現れる。「霞」の立つ時間帯によって、「朝霞」「昼霞」「夕霞」などといい、いずれも「霞」の傍題。夜間の同様の現象は「朧(おぼろ)」。

春の夕暮れに、水蒸気で山野がぼんやりと霞む様をいう。春特有の柔らかく、どこか夢幻的でしっとりとした情景が現れる。「霞」の立つ時間帯によって、「朝霞」「昼霞」「夕霞」などといい、いずれも「霞」の傍題。夜間の同様の現象は「朧(おぼろ)」。

どの雲となく近づきて春の富士 直人
「春の富士」は雪解け前、山開き前の、桜などの春景色を背景にした富士山。「春の山」の傍題。雪を被って白皚皚の富士が春光を受けて麗しく野の彼方に据わる。
掲句は、作者の住む甲府盆地から仰がれる「春の富士」を詠む。「どの雲となく近づきて」は、いくつかの浮雲が漂いながらゆっくりと流れていく様が思われる。折しも日永の頃。人も雲も、急ぐことなく歩みを進めていく。「春の富士」はそんな中に穏やかに聳える。昭和61年作。『朝の川』所収。
水辺に生える蘆(あし)の若芽のこと。細く鋭く水面から突き出た姿が牙(きば)のように見えるため、この名がある。『古事記』の創世神話に、生命力がみなぎる象徴として登場することは、よく知られている。「蘆の角(あしのつの)」「蘆の芽」ともいう。蘆の生物学的標準和名はヨシで、わが国在来のイネ科の草本植物。全国の池沼や河川下流の河口付近などに自生する。春先、地下茎から新芽が出てくる。なお、「蘆」は、「葦」とも表記する(「蘆」の簡易慣用字体)。

「樏(かんじき)」は、雪深い道や野を歩くとき、足の埋没を防ぐために雪沓の下に履くもの。雪国の生活道具である。
掲句は、「湖国」への旅吟。「湖国」は琵琶湖を擁する滋賀県のこと。旅中に目に触れた景物の中で、干してある「樏」だけに焦点を絞ったところに、詩眼の冴えが見える。行きずりの道沿いの人家に「樏」が2足干してあったという、ただそれだけの簡潔な描写から、琵琶湖の北岸地域での、雪深い夫婦二人の慎ましい生活ぶりが浮かび上がってくる。『俳句四季』2026年3月号。

冬を越した麦が青々とした若葉を伸ばす頃、畑の縁の白梅が花を咲かせている(写真の隅)が、梅以外の木々は大方が枯木である。まだ春の景色が整わない中で、麦の若葉の生気のある緑は季節の推移を感じさせるものの一つ。