特定の種類を指さない草の芽吹き全般は「草の芽」というが、朝顔や桔梗などの名のある草の芽は、それぞれの名を用いて「朝顔の芽」「桔梗の芽」などという。歳時記には、これらは一括して「名草の芽」として掲載されている。「チューリップの芽」もその中の一つ。ユリ科の多年草であるチューリップの球根が新芽を出すのは2~3月頃。単に「チューリップ」といえば晩春の頃咲く花のこと。

特定の種類を指さない草の芽吹き全般は「草の芽」というが、朝顔や桔梗などの名のある草の芽は、それぞれの名を用いて「朝顔の芽」「桔梗の芽」などという。歳時記には、これらは一括して「名草の芽」として掲載されている。「チューリップの芽」もその中の一つ。ユリ科の多年草であるチューリップの球根が新芽を出すのは2~3月頃。単に「チューリップ」といえば晩春の頃咲く花のこと。

桃は晩春の頃、桜に少し遅れて淡紅色の花を咲かせる。華やぎのある桜の花と比べると、桃の花には親しみやすい鄙びた美しさがある。
掲句は、咲き始めから満開になるまでの「桃の花」の風情を、「ほつと」「ほほと」という二つの擬態語により描写した作品。「ほつと」咲いた一輪の「桃の花」には、寒さからようやく解放された安堵が感じられ、「ほほと満ちゆく」には、咲き満ちていく「桃の花」の笑み零れるような豊かな風情が、掬い取られているように思う。桃が咲いていく間も季節は進み、四囲は春爛漫の季を迎える。『俳句』2026年3月号。
鰈(かれい)の鰭を取って内臓を抜いた後、薄塩をして天日に干したもの。冬から春にかけての旬の時期に仕込まれる。干し上がって骨が整然と透けて見える様は美しい。軽く炙って食べる。

春になって新しく芽吹いたばかりの、瑞々しく柔らかい草のこと。蓬(よもぎ)、芹(せり)、虎杖(いたどり)などのように、摘んで食用にする草も多い。「嫩草(わかくさ)」、「新草(にいくさ)」などともいう。

「雪」は春の花、秋の月と並んで冬の美を代表する季語。降る雪そのもの、雪景色、雪が積もる様など、雪を詠む場合の表現の幅は広い。純白で静寂を感じさせる雪は、寒さとともに自然美や儚さを感じさせる。
掲句は殉教地を訪れての作品。殉教地と言えば、江戸時代のキリスト教弾圧下で多くの信徒が処刑された長崎(西坂公園)や京都(六条河原)が思い浮かぶが、全国には他にも何カ所かあるようだ。墓碑に刻まれた殉教者の中に、「ルイス七歳」という幼い子の名を見つけた作者の心の衝撃や揺らぎが、「雪降り降る」とのリフレインを含んだ字余りの措辞に表れている。作者の心の揺らぎを飾らずに表出したこの措辞が、作品の余情・余韻を深めている。作品の決め手は作者の心であることを改めて認識させられる。『俳句』2026年3月号。