「蛇笏忌」は10月3日。福田甲子雄に〈邂逅や十月三日の句碑の前〉という句があったが、かつて「雲母」の会員であった人間にとって、蛇笏忌は、数多い忌日の中でも特別な日である。
掲句は昨年(令和7年)の満月が10月6日だったことを踏まえての作品。単に事実を直叙しただけの句だが、偶然を必然に変えるのが詩の力だとも思っている。飯田蛇笏の句風や人となりへの敬慕の思いが、「月円か」に表れていれば幸いだ。令和7年作。
「蛇笏忌」は10月3日。福田甲子雄に〈邂逅や十月三日の句碑の前〉という句があったが、かつて「雲母」の会員であった人間にとって、蛇笏忌は、数多い忌日の中でも特別な日である。
掲句は昨年(令和7年)の満月が10月6日だったことを踏まえての作品。単に事実を直叙しただけの句だが、偶然を必然に変えるのが詩の力だとも思っている。飯田蛇笏の句風や人となりへの敬慕の思いが、「月円か」に表れていれば幸いだ。令和7年作。
初冬の頃、主に松の害虫駆除を目的とし、松の幹に筵(むしろ)を巻き付けること。冬を越す害虫を菰の中に集め、春先に菰ごと焼却することで駆除する。古くから伝わるマツケムシの防除法だが、近年はその効果が疑問視されているという。なお、「藪巻(やぶまき)」は、樹木や竹などを雪害や害虫から守るため、縄や莚などで幹や枝をぐるぐる巻きにすること。

蛇笏忌は10月3日。毎年9月27日の父の忌日に続いて、蛇笏忌が巡ってくる。通常の天候であれば、秋たけなわの晴天が続く時節。
掲句は八ヶ岳東麓の野辺山高原での作品。その日は、ある時は遠くを、ある時は頭上を「爽籟(そうらい)」が吹きわたった。「爽籟」は澄みわたる秋の空に響く、心地よい風の音。雑木の中には、松のように、風を受けて味のある音色を奏でる木が交っていて、潮騒のようなその音に耳を澄ませていると、やがて私自身が風に包まれた。夏の厳しい暑さの記憶が漸く薄れる頃だった。令和7年作。
白い丸餅に小豆色の菱餅を重ね、甘煮にしたごぼうと白味噌餡をのせて二つに折った和菓子。「花弁餅」とも表記する。明治時代以降、裏千家の初釜で使われるようになり、新年の代表的な菓子として広まった。平安時代の歯固の儀式に由来し、長寿を願う宮中の新年のお祝い料理が簡略化されたもので、宮中のお節料理の一つであった。なお、長寿を願って正月に固いものを食べる風習である「歯固(はがため)」も新年の季語。

新年になって初めて目にする景色のこと。年が改まった清々しい空気の中で、普段見慣れた風景も特別なものに感じられる。自然の風景だけでなく、家の周りや街角、人々の姿も含まれる。「初」という語には、新たな年への希望が込められている。
