柃(ひさかき)はツバキ科の常緑低木。雄株と雌株があり、山地に自生するほか境内などにも植えられる。葉の縁に細かいのこぎり葉がある。サカキに似ているので、サカキの代りに枝葉を神前に捧げることがある。春、葉腋に黄緑色の小花を下向きに密生し、秋には実が黒く熟れる。「柃の花」は春の季語になっているが、「柃の実」は歳時記に記載されていない。

柃(ひさかき)はツバキ科の常緑低木。雄株と雌株があり、山地に自生するほか境内などにも植えられる。葉の縁に細かいのこぎり葉がある。サカキに似ているので、サカキの代りに枝葉を神前に捧げることがある。春、葉腋に黄緑色の小花を下向きに密生し、秋には実が黒く熟れる。「柃の花」は春の季語になっているが、「柃の実」は歳時記に記載されていない。


東村山の正福寺にある千体地蔵堂は、国宝に指定されている禅宗様仏殿。堂内には、多くの小地蔵が奉納されている。願い事がある人は、この像を一体借りて家に持ち帰り、願いが成就したときはもう一体添えて奉納したという。写真は、堂の傍らに並ぶ小地蔵に冬の朝日があかあかと差したところ。
スズキ目アジ科の海水魚。ブリとよく似ているが、体側中央の黄色い縦帯がブリよりも濃い。本州以南の温暖な海域に生息し、沿岸を回遊する。夏から秋にかけてが旬。刺身、塩焼き、煮付けなどにして食される。


落葉樹が葉を落とすのは、晩秋から冬にかけてである。「落葉」は散った木の葉のことだが、木の葉の散る様や、地面や水面に散り敷く様をも表わす。「落葉」「木の葉」はいずれも冬の季語。
掲句は「落葉」がしきりに舞う中で、自らの内面を省みてふとできた作品だが、何とも解説し難い句だ。木々が枯れ急ぐ「落葉」の季節に感じる自分自身への思いを形象化したともいえる。「坩堝(るつぼ)」は高熱を利用して物質を溶かしたりするときに使用する耐熱容器で、この句の場合はもちろん比喩。「坩堝のようなもの」との意味合いだ。日々を忙しなく過ごしていた当時の私の内面の一端が垣間見える一句。平成16年作。『春霙』所収。

11月ともなれば日暮れの早さを実感するようになる。夕日が駅前の高層マンションの片面を照らしているが、それもたちまち薄れ、早々と夜がやってくる。