直翅目カマドウマ科の昆虫。詩歌の世界では、長い間蟋蟀(こおろぎ)と混同され、鳴くものとされてきたが、実際は発声器官はなく、鳴かない。別名「かまどうま」「えび蟋蟀(こおろぎ)」など。体色は光沢のある濃褐色で、翅をもたない。後ろ肢が強く跳躍力があり、長い触角をもつ。洞窟や木の洞などの暗所に棲む。残飯を食べに台所などにしばしば姿を現すこと、また馬のような跳躍をみせることなどからこの名がある。

直翅目カマドウマ科の昆虫。詩歌の世界では、長い間蟋蟀(こおろぎ)と混同され、鳴くものとされてきたが、実際は発声器官はなく、鳴かない。別名「かまどうま」「えび蟋蟀(こおろぎ)」など。体色は光沢のある濃褐色で、翅をもたない。後ろ肢が強く跳躍力があり、長い触角をもつ。洞窟や木の洞などの暗所に棲む。残飯を食べに台所などにしばしば姿を現すこと、また馬のような跳躍をみせることなどからこの名がある。

辣韭(らつきよう)は、ヒマラヤ地方原産のユリ科ネギ属の多年草。日本を含め東アジアで広く栽培され、白色の鱗茎を食用とする。仲秋から晩秋にかけて花茎を伸ばし、その先端に球状の赤紫色の小花をたくさんつける。近縁種のヤマラッキョウ(下の写真)は、本州以南の山地の日当たりの良い場所に自生する。

「鰯雲(いわしぐも)」は鰯の群れのように空に広がる雲のことで、魚の鱗にも似ていることから、「鱗雲(うろこぐも)」ともいう。台風や移動性低気圧が近づく秋によく見られ、代表的な秋の雲。
掲句は黒麺麭(くろぱん)に一片のチーズをのせた簡素な食事をしていると、窓に「鱗雲」がゆったりと流れているとの句意。「秋渇き(あきがわき)」という季語があるように、秋は過ごしやすい気候の中で、暑さのために減退した食欲が回復してくる季節。豪華なディナーなどとはほど遠い質素な食事だが、大地の恵みを感じさせる香ばしい黒麺麭とチーズは昔から黄金の組み合わせだ。食欲の秋を迎えた喜びが、簡素な食事だからこそ率直に伝わってくる。『俳句』2025年10月号。
10日ほど滞在したのはシャモニー近郊のセルボ村。シャモニー渓谷の入り口に位置する静かな村だ。シャモニーを含めこの辺り一帯をサヴォア地方というが、サヴォア建築と呼ばれる豪雪や寒冷な気候に適応した石を使った堅牢な家々が点在していた。
下の写真は、泊まっていたコテージから眺めていたモンブラン山群の朝の表情。昇ってきた太陽が山頂近くの雪を輝かしている。主峰モンブランは前山の陰に隠れて見えないが、モンブラン山群のほぼ全容が眺められるロケーションだった。

村の中心部にあるサン・ラザール教会。起源は中世で、16世紀に再建。今でも村民の生活に溶け込み、洗礼や婚礼などが行われているという。村のどの道を歩いていても、この教会の鐘楼が目に入った。私たちが訪れたとき、2頭の驢馬が前庭に放牧されていた。

教会の内部はバロック様式のもので、素朴だが、村人たちの心の拠り所になっている静謐な雰囲気があった。主祭壇の聖ラザロ像は、教会の守護聖人として村人に崇敬されているという。両脇にも小さな祭壇があり、聖母マリア像などが飾られていた。

村内の道の行く手には雪を被ったモンブラン山群が仰がれた。昔のゆったりとした時の歩みがそのまま続いているようなセルボ村に滞在した10日間は、私たちの長旅の疲れを癒してくれた。

「天の川」は初秋の澄み渡った夜空に帯状に白く濁って横たわる無数の星のこと。川のように見えるので、「銀河」「銀漢」ともいう。晩夏から初秋にかけて最も明るく美しい。七夕伝説の織姫と彦星を隔てる川で、二つの星は年に一度、旧暦7月7日の夜にこの川を渡って逢うことをゆるされる。
掲句は、「天の川」を仰ぎつつ、昭和という時代が既に遥かに隔たってしまったことを詠む。中村草田男が昭和六年、〈降る雪や明治は遠くなりにけり〉と詠み、明治が既に遠い一時代となってしまったことを詠嘆した。これに対して、掲句は令和7年の今の世にあって、「昭和遠し」と詠嘆する。「縦に流るる」との措辞も、真南から天頂へ起ち上る晩夏から秋にかけての「天の川」の描写として的確。『俳句』2025年10月号。