今年(令和7年)6月下旬から7月初めにかけて、プロヴァンス地方やコート・ダジュールに点在するいくつかの鷹の巣村を訪れた。ルシヨンもその中の一つ。近くのモン・ルージュ(赤い山の意)から産出されるオークルと呼ばれる天然顔料が民家の壁や屋根などに使われ、その赤い色調の村全体が、強烈な夏の日差しの下、灼け静まってみえた。
因みに鷹の巣村というのは、崖、丘などの高台に築かれた村落のことで、海賊や侵略者から身を守るために、高台に住宅が密集して建てられているのが特徴。その起源は10~14世紀に遡るという。
ルシヨンは人口千人余り。小一時間歩けば村内の大方は巡ることができ、ところどころにアトリエやギャラリー、陶芸工房、民芸店、レストランなどがあった。家々の壁には葡萄や定家葛の蔓が這い、片蔭に沿って歩き回っていると、頭上で教会の鐘塔が3時を打った。
ルシヨンの村落が形成されたのは10~12世紀。その後幾多の変遷を経て、20世紀初頭まで、オークルの採掘、精製等が盛んだったという。オークルの採掘等が衰退するとともに村は衰退して住民は離散し、一時は廃墟の状態だったが、今は観光や芸術の村として蘇った。村の景観に魅力を感じた芸術家たちの移住や公的な補助を利用した建物の修復・保存など様々な取り組みが行われてきたと聞くが、そこには、古いものを今に生かすヒントが詰まっているようだ。
石組みを石灰モルタルなどで塗り固めた築数百年の家の住み心地はどんなだろう。一軒のギャラリーに入ってみると、意外とひんやりしていた。分厚い壁が強烈な夏の日差しを遮ってくれているのだ。中世の面影をとどめるこれらの家々は、メンテナンスをすれば半永久的に住めるのだという。ギャラリー内の暗さに目が慣れて、壁やテーブルに展示されている絵画や陶器を見て回りながら、築30年程度で取り壊される日本の木造住宅を思い浮かべた。日本には、古きものを現代に生かす努力が足りないのではないだろうか。木の文化と石の文化の違い、気候や風土、国民性の違いと言ってしまえばそれまでなのだが・・・。
ルシヨンを訪れている間、底抜けに碧い空にはヨーロッパアマツバメが群がり飛んでいた。一見、日本で見かける普通の燕に似ているが、ブーメランの形をした長い翼と金属的な鋭い鳴き声が特徴的な鳥だ。鷹の巣村の崖や石垣の隙間などで集団営巣しているのだろう。

