春になって様々な樹木の芽が吹く中で、ウルシ科ウルシ属の「漆(うるし)」も芽を出す。「漆」は落葉高木で、山野に自生するほか、漆を採るため各地で栽培される。3月下旬頃新芽を出し、初夏の頃黄緑色の小花をたくさん咲かせる。新芽は楤の芽と同様食用になる。「漆の芽」は「木の芽」(春季)の傍題。なお、「漆の花」は夏、「漆の実」「漆紅葉」は秋の季語。

春になって様々な樹木の芽が吹く中で、ウルシ科ウルシ属の「漆(うるし)」も芽を出す。「漆」は落葉高木で、山野に自生するほか、漆を採るため各地で栽培される。3月下旬頃新芽を出し、初夏の頃黄緑色の小花をたくさん咲かせる。新芽は楤の芽と同様食用になる。「漆の芽」は「木の芽」(春季)の傍題。なお、「漆の花」は夏、「漆の実」「漆紅葉」は秋の季語。

「春の霜」は春になって降りる霜のこと。立春を過ぎてもまだまだ寒
さが厳しく、関東の平野部では4月下旬になっても霜が降りることがある。
掲句は終生生まれた地を離れないであろう私自身を振り返っての作品。「生国(しょうごく)」は生まれた故郷のこと。若い頃は意図的に遠方の大学を受験したり、親元を離れて下宿生活をしたりしたが、今の私は、生まれた地に住み続けてこのまま老いていくことに、心の平安を感じている。『郭公』の井上主宰には、「・・幸なことに生まれた地に日々を暮らし、生涯を終えることになりそうだと、思い定めたのだろう。「春の霜」という季語は作者のそういった思いを呼び起こすかのようである。」と鑑賞していただいた。令和7年作。
山椒(さんしょう)は、ミカン科の落葉低木。各地の平野から低山帯の林内に自生するほか、庭にも植えられる。雌雄異株である。春先に枝から芽吹いた軟らかい新葉は「木の芽(きのめ)」とも呼ばれ、「木の芽田楽」「木の芽和え」「木の芽味噌」などの料理に使われる。秋に生る実も香味料として用途が多い。

西ヨーロッパ原産のキジカクシ科の多年草。イギリスの晩春〜初夏を代表する花で、和名はヒメツリガネズイセン。晩春の頃、花弁の先端だけが外側に丸くカールした筒状の花を咲かせる。花色は青のほか、白、ピンクなど。なお、歳時記には掲載されていない。

「三月尽」は陰暦三月(弥生)が尽き果てること。「弥生尽」ともいう。陰暦で言えば三月は春の最後の月で、この季語には行く春を惜しむ気持ちがこめられている。「暮の春」「行く春」「春惜しむ」「夏近し」などと並んで、春の終りの頃の感懐が託されている言葉。
しかし、陽暦が定着した今、三月に晩春の季感を感じる人はほとんどいないだろう。陽暦では三月は春の最後の月でないから、「三月尽」には惜春の感慨はないのだ。新たに「四月尽」という言葉も試みられていて、歳時記の「三月尽」の項には「三月尽」「四月尽」いずれの例句も掲載されている。過渡期の様相と言っていいだろう。「四月尽」は「いまだ定着したとは言えない。」(長谷川櫂)との慎重な意見もあるが、どうだろうか。
手元の歳時記の例句には、 四月尽兄弟門にあそびけり 敦 四月尽個室もっとも白きとき 龍太 などの句が散見される。いずれも、惜春の思いがどことなく感じられる佳品である。「四月尽」は、「春惜しむ」のように感情を流露させることなく、キッパリと惜春の思いを形にするのに便利な季語である。
明治6年に太陽暦が採用されてかなりの月日が経過した今、「三月尽」から行く春を惜しむ思いを汲み取ることは困難になっている。現行の歳時記では「三月尽」が主季語になっているが、今後は「四月尽」を主たる季語と取り扱うのがよいように思うが、どうだろうか。