島を覆ふ蝮起しの怒濤音 須並一衛
この句の「蝮起(まむしおこ)し」について、飯田龍太は、「おそらく方言のひとつだろうが、・・・冬眠の蝮を目覚めさせる春雷一過」に独特の味わいがあると観賞した(昭和62年6月)。
だが、掲句を改めて眺めると、「蝮起し」を春雷として受け止めるにはやや無理があるようだ。作者は実のところ、「蛇穴を出づ」(春季)と同様の意味でこの語を用いたのではないだろうか。春先の怒濤音に、土中で冬眠していた蝮も他の生き物たちとともに起き出して地上に姿を見せるというのだ。
以上は龍太には珍しい誤読の例だが、北陸や佐渡などで初冬の雷を「鰤起し」ということから、そのアナロジーで「蝮起し」を雷鳴と受け取ったのだと思う。なお、「鰤起し」は11月の終わり頃、鰤が回遊してくる頃の雷のことで、漁師言葉から出た味わいのある冬の季語である。
方言辞典などを繙いても「蝮起し」の語は地方の方言にはないようだ。恐らくは作者の造語だろう。しかし、「蛇穴を出づ」の傍題として今後この言葉を用いる余地はあろう。「・・起し」との簡潔な措辞は俳句表現に向いているともいえる。