「春寒」は春が立ってからの寒さ。余寒(よかん)とほぼ同義だが、余寒よりも春への思いに重点がある言葉。
掲句は地層の縞目に露出している「貝の殻」に春寒の季感を感じ取っての作品。地層を前にして、その地の経てきた長い歳月や、当時そこは海原で貝が生息していたことなどに思いが及ぶ。気の遠くなるような時の流れと、生き物の痕跡を前に、作者は自らの半生を振り返っているのかも知れない。写実に徹して、大きな時空を感じさせる作品だ。『俳壇』2025年4月号。
「春寒」は春が立ってからの寒さ。余寒(よかん)とほぼ同義だが、余寒よりも春への思いに重点がある言葉。
掲句は地層の縞目に露出している「貝の殻」に春寒の季感を感じ取っての作品。地層を前にして、その地の経てきた長い歳月や、当時そこは海原で貝が生息していたことなどに思いが及ぶ。気の遠くなるような時の流れと、生き物の痕跡を前に、作者は自らの半生を振り返っているのかも知れない。写実に徹して、大きな時空を感じさせる作品だ。『俳壇』2025年4月号。
春になってかぶる帽子。防寒用の冬帽子や強い日光を遮る夏帽子と異なり、実用性が高いものではない。冬帽子より薄手で軽やかになり、色も明るくなる。春を迎えた人々の心の明るさ、軽やかさが表れる。

朝立つ霞。「霞」は春の山野に立ち込める水蒸気のこと。空気中に広がった微細な水滴やちりが原因で、空や遠景がぼんやりと見える。万物の姿がほのぼのと薄れて春らしい景色となる。ただし、気象学的に明確な定義がある訳ではない。霧や靄だけでなく、黄砂や煙霧などによって景色がぼんやりと霞んで見える場合も含めて「霞」という。同じ現象を夜は「朧」とよぶ。

「みもざ」はマメ科アカシア属のフサアカシアのこと。オーストラリア原産で、公園や庭などに植えられる。春、黄色の花を総状に泡立つように咲かせる。
掲句は柩(ひつぎ)に入れるため、「みもざ」の花を抱えたとの句意。故人との別れを惜しむために柩に花を入れる習わしは洋の東西や宗教・宗派を問わずあるようだ。花は菊や百合、カーネーションなどが多い。「みもざ」といえばその明るさや華やぎが、最も死から遠いイメージがある花だが、それだけにこの花を選んだ作者の思いが伝わってくる。また、春の最中に逝った故人の人となりにも思いが及ぶ。『俳壇』2025年4月号。
オーストラリア原産のキク科の一年草。別名「ローダンセ・ヘリプテラム」。我が国へは明治以降に渡来。草丈は50センチくらい。茎は硬く、線形の葉は互生する。4月頃、茎の先端に一つずつ、白またはピンクの菊に似た花をつける。切り花やドライフラワーなどに利用する。
