春の若草に交っている、枯れ残っている去年の草。枯れずに年を越した草を指すこともある。「駒返る草」は、春になって古草が萌え出し、まるで若返ったようになること。

立春後2月末ぐらいまでをいう。暦の上では春になったが、まだ寒さの厳しい時季。春らしい暖かさより冬の名残の寒さが目立つ。それでも日差しや鳥の鳴き声など身辺に春の息吹を見つけることができる。「早春」の語には抒情的な響きがある一方で、凛とした空気も感じられる。

11月頃から獲れる冬の鰈のこと。鰈はカレイ科の海魚で、石鰈、真子鰈など多くの種類がある。砂浜から沖合いまで生息域は様々。産卵期も種類により異なるが、石鰈と真子鰈は晩秋から冬に産卵のため深海から浅場に移動してくる。東京湾内でも獲れる。様々な調理に耐え非常に美味。「寒鰈」ともいう。「蒸鰈」「干鰈」は春の季語。

梅は早春の寒気の残る中、他の花にさきがけて清楚な白色五弁の花を開く。「春告草」とも呼ばれるように、梅の花が咲きかけているのを見ると、春が到来しつつあることを実感する。
掲句は秩父宝登山(ほとざん)山頂の蝋梅園を訪れたときの作。蝋梅園の一隅の梅もぽつぽつ花を咲かせていた。「両神山(りょうかみ)」は三峰山、武甲山とともに秩父三山の一つで、山岳信仰の霊峰。台形型の鋭くぎざぎざとした稜線が特徴だ。蝋梅園から西南西へ30キロメートルほど隔たっているその山容は、当日、紫がかって見えた。遅まきながら山々に春が訪れたことを知らせる色合いだった。令和5年作。
「息白し」は冬になり気温が低くなると、人や動物の吐く息が白く見えること。冬の到来を感じる現象だが、豊かな白い息には生きている実感がある。
掲句は、壁に掛けられた能面の物言いたげな気配を感じての作品。能面の半開きの口は、ものを言う寸前の形のまま静止している。その表情も、悲喜の情がうごきだす前のどこか曖昧な表情のままで、動の前の静といった風情。その能面がものを言えば、生身の人間のように白い息を吐くのだろうか。そんな筈はないのだが、そのような想像へ誘うところが、目の前の能面にはあった。平成27年作。