山青し骸見せざる獣にも 龍太
「雲母」平成4年8月号。句集『遅速』以降の作品。
「山青し」は「夏の山」の傍題。夏の間、山々は緑の木々に覆われ、万物の生命力が満ち溢れる。「山滴る」ともいう。
掲句では、生涯見続けた四囲の山々の瑞々しいさまを「山青し」と表現した後、作者の想念は「骸(むくろ)」を見せずに死んでいく「獣」へと転ずる。この時作者が念頭にしたのは、タヌキやイタチ、イノシシなど、同じ故郷の山中に棲みついている獣たちだろうが、その想念は、当然のことながら、作者自身のことに還ってくる。作者は自らの「骸」を誰にも見せずに、夏山の懐で密かに死んでいくことを、心密かに願っていたのかも知れない。そうした願望は、あらわに表出されていないが、却って読者の胸に残るようだ。四囲の山々は、獣らや作者の生死に関わりなく、ますます瑞々しい緑に覆われる。
作者の死生観を覗かせた作として、最終句集『遅速』後の作としては逸することのできない秀作だと思う。