陰暦正月七日をいう。中国前漢に由来する呼称。五節句の一つで七種粥をいただく。なお、五節句は1月7日の人日(七草の節句)、3月3日の上巳(じょうし、桃の節句)、5月5日の端午(菖蒲の節句)、7月7日の七夕(七夕祭り)、9月9日の重陽(ちょうよう、菊の節句)のこと。

陰暦正月七日をいう。中国前漢に由来する呼称。五節句の一つで七種粥をいただく。なお、五節句は1月7日の人日(七草の節句)、3月3日の上巳(じょうし、桃の節句)、5月5日の端午(菖蒲の節句)、7月7日の七夕(七夕祭り)、9月9日の重陽(ちょうよう、菊の節句)のこと。

一年の邪気を祓い万病を防ぐため、正月七日に七種(ななくさ)の若菜を入れた粥を食べる風習。七種が揃わないときは薺(なずな)だけを入れた「薺粥」とする。古代中国では、人日の節句(1月7日)に七種類の穀物を羹にして食べ無病を祈る習慣があり、日本でも最初は七種粥といえば七種の穀物だったが、その後、穀物は春先の七種類の草に変わった。なお、春の七草は芹、薺(なずな)、御形(ごぎょう)、繁縷(はこべら)、仏の座、菘(すずな)、蘿蔔(すずしろ)のこと。

なまよみの甲斐の山辺に水草生ふ 龍太
「雲母」平成3年4月号(句集未収録)。
「水草生ふ(みくさおう)」は、春になって池や沼などに色々な水草が生えてくること。日差しで暖められて水温が上がってくると藻や浮き草、水底に根のある蓮などが成長を始める。春の訪れを感じさせる光景。
掲句は龍太が愛して止まなかった故郷甲斐の春の訪れを詠んだ作品。この旧国名を用いた句は、 水澄みて四方に関ある甲斐の国 龍太 など中期以降の作品にしばしばみられる。掲句の「なまよみの」は、「甲斐」にかかる枕詞で万葉集以来用いられてきた古語。語義は未詳だが、一説によれば「半黄泉」の意で、甲斐の山隠る地勢を死者への国と認識しての言葉だという。「なまよみの甲斐の山辺に」と一息に読み下すと、分厚い歴史を負う「甲斐」の風土とその山辺に住む作者の身辺が浮かび上がる。「水澄みて」の句のような甲斐一国を俯瞰する眼差しではないが、身辺への春の訪れを詠んで捨てがたい作品だ。
「なまよみの」のような余り使われない古語を今日に蘇らせるのも、俳人としての力量の一つだろう。
元日から7日の間、又は15日までの間に、一年の福と開運を祈るために七福神(恵比寿、大黒天、毘沙門天、福禄寿、弁財天、布袋、寿老人)を祀る社寺を巡拝すること。この期間に参拝すると、七癖がなくなり、七種の福が得られるという。山の手七福神、武蔵野七福神などがある。

獅子のかぶりものをした神楽の一種で、正月の門付芸の一つ。笛や太鼓で囃しつつ家々を訪れてめでたい芸を披露し、新しい年の訪れを祝福する。1人で獅子頭をかぶって舞う一人立ち、胴体に2人が入る二人立ちなどがある。古く中国から伝来し、十六世紀に、伊勢神宮で疫病を祓う神楽として始まった。その後、伊勢神宮の御師と呼ばれる神官が、獅子頭を携えて各地を回ったのが現在の獅子舞の始とされる。獅子は古代中国で生まれた想像上の動物、悪霊を祓い幸福をもたらす霊獣。

