なまよみの甲斐の山辺に水草生ふ 龍太
「雲母」平成3年4月号(句集未収録)。
「水草生ふ(みくさおう)」は、春になって池や沼などに色々な水草が生えてくること。日差しで暖められて水温が上がってくると藻や浮き草、水底に根のある蓮などが成長を始める。春の訪れを感じさせる光景。
掲句は龍太が愛して止まなかった故郷甲斐の春の訪れを詠んだ作品。この旧国名を用いた句は、 水澄みて四方に関ある甲斐の国 龍太 など中期以降の作品にしばしばみられる。掲句の「なまよみの」は、「甲斐」にかかる枕詞で万葉集以来用いられてきた古語。語義は未詳だが、一説によれば「半黄泉」の意で、甲斐の山隠る地勢を死者への国と認識しての言葉だという。「なまよみの甲斐の山辺に」と一息に読み下すと、分厚い歴史を負う「甲斐」の風土とその山辺に住む作者の身辺が浮かび上がる。「水澄みて」の句のような甲斐一国を俯瞰する眼差しではないが、身辺への春の訪れを詠んで捨てがたい作品だ。
「なまよみの」のような余り使われない古語を今日に蘇らせるのも、俳人としての力量の一つだろう。