秋の蟬生死草木と異ならず 龍太
「雲母」昭和63年9月号に発表された作品。
「秋の蟬」は立秋を過ぎて鳴く蝉のこと。8月中・下旬の頃の蝉の鳴き声にはまだまだ力強さがあるが、日が経つにつれて油蝉に替わって蜩や法師蝉が鳴き始め、秋も深まるにつれて数が減り、声も弱々しくなっていく。
掲句は蝉という生き物のもつ草木に近い在りようを「生死草木と異ならず」と表現した。蝉に、動物のもつ生々しさよりも、草木に近い印象を持っているのは、私だけではないだろう。例えば蟷螂に捕らえられて喰われるときの蝉は、自らの生死に無関心なあっけらかんとした姿で蟷螂に喰われてしまう。草木から栄養をもらい、草木の精のような存在としてこの世に短い生涯を送る。そのような蟬というものの本質を、この句は掴んでいるように思う。
句集には収められなかったが、発想の独自性という点で捨てがたい作品だ。既存の句集に収められている 碧空のひかりを収め秋の蟬 龍太 など4句と比べても、遜色ない出来と思われる。