ウコギ科の蔓性常緑低木。全国の山や林縁に自生するほか、庭木として壁に這わせるなどする。蔓状の枝から多くの気根を出し、樹木や岩の上を這い上る。秋に紅葉するブドウ科の落葉蔓性低木「蔦、蔦紅葉」(秋季)に対して、冬も青々としているのでこう呼ぶ。

ウコギ科の蔓性常緑低木。全国の山や林縁に自生するほか、庭木として壁に這わせるなどする。蔓状の枝から多くの気根を出し、樹木や岩の上を這い上る。秋に紅葉するブドウ科の落葉蔓性低木「蔦、蔦紅葉」(秋季)に対して、冬も青々としているのでこう呼ぶ。

春の山幼な蛇笏を見てゐたり 龍太
「雲母」昭和60年5月号に発表された作品。
掲句には「生誕百年」との前書きがある。蛇笏の生まれは明治18年4月26日。春も深まり、明るい光と温かな空気に包まれて、ものの命に溢れている山。その山が産衣に包まれた赤子の蛇笏を見ているとの句意だろう。想像の中で、100年前に遡って蛇笏生誕に立ち会えるのも詩人の特権だ。この句は100年前に遡り、今眼前にある春の山が、今と同じように柔らかな眼差しを、人々の生活に注いでいるさまを思い浮かべている。その山は
露の夜は山が隣家のごとくあり 龍太
と詠んだ山でもある。ほのぼのとした味わいのある句だが、句集には収めていない。作品として普遍性に乏しいことを考慮したためだろうか。
紅葉(もみじ)というと楓を指すことが多いが、その他の木を含めて総称することも多い。種類によって、櫨紅葉、桜紅葉、漆紅葉、柿紅葉など、木の名前の下に紅葉をつけて特定することもある。メタセコイアは中国原産のヒノキ科の落葉針葉樹で、公園や街路に植えられる。秋の紅葉は時間が経つにつれて淡い橙色からレンガ色、赤茶色へと色が変化する。

春寒しいまはの際の国ひとつ 龍太
「雲母」平成3年3月号に発表された作品。
「春寒」は早春の頃の寒さのこと。春に半ばは心を寄せていながらも、相変わらず続く寒さ。掲句は春なお寒さの残る中で、「いまはの際の国」の滅びゆくさまを、遠国の一国民として見守っているとの意だろう。当時、ソビエト連邦は多くの共和国から構成されていたが、1991年末、いくつかの共和国が脱退し、中央集権体制が崩壊した。ソ連の崩壊は冷戦の終わりを告げた事件だったが、その後旧ソ連の国々の間で紛争が絶えないことは周知のこと。
山梨の山中に住みながら、当時の国際情勢に無関心ではいられなかった龍太の心の内が窺える作品だ。といっても、この句は句集には収められていない。確かに「いまはの国」と言われても、三十年後の読者には余りピンとこない。時事問題を詠んだ句が陳腐化しやすいことを、龍太は承知していたのかも知れない。