おほかたは虚子の掌の中春の風 龍太
「雲母」昭和60年6月号。
近代俳句は、子規の改革に始まり、虚子がその大枠を形作ったといえる。その後さまざまな流派が生まれ現在に至っているが、大きく捉えれば、今の俳句も虚子の掌(て)の中にあるといえるのではないかとの句意。この年は蛇笏生誕百年に当たっていたから、近代俳句の大きな流れに思いを及ぼすこともあったのだろう。
一読して、この句の通りとも思うが、果たしてそうだろうかとの疑念も残る。「おほかたは」との含みのある措辞が上手く活かされているともいえるが、文芸の徒として、宗派の門徒のように「虚子の掌の中」に安住する姿勢でいいのだろうかと思わせるところが、この句にはある。
句集に収められなかった理由もその辺りにあるのだろう。


